こそなけれ、一眼で知れる渡り部屋の中間奉公、俗に言う折助《おりすけ》、年齢《とし》の頃なら二十七、八という腕節の強そうなのが、斜に差しかけた破《やぶ》れ奴傘《やっこ》で煙る霖雨《きりさめ》を除けながら今しもこの髪床の前を通るところ。その雨傘の柄を握った手の甲、青花《はないろ》の袖口から隙いて見える二の腕、さては頬被りで隠した首筋から顔一面に赤黒い小粒な腫物《はれもの》が所嫌わず吹き出ていて、眼も開けないほど、さながら腐りかけた樽柿《たるがき》のよう。
「あの身体で、」と藤吉は勘次を顧みる。「よくもまあ武家屋敷が勤まるこったのう。いずれ明石町か潮留橋《しおどめばし》あたりの部屋にゃ相違あるめえが――え、おう、勘。」
 が、真黒な細い脚を上《あが》り框《がまち》へ投げ出したまま、勘弁勘次はもう「笠間右京|暗夜白狐退治事《あんやにびゃっこたいじること》」の件《くだ》りを夢中になって読み耽っていて、藤吉親分の声も耳にははいらなかった。
「ああまで瘡《かさ》を吹くまでにゃあ二月三月は経ったろうに、渡りたあ言いながらあの様でどうして――? はて、こいつあちょっと合点が行かねえ。」
 雨足の白い軒下
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