を――」
 と大之進は、高縁の階《きざはし》をあがって、つぎの間の障子をあけた。
 書院造りの居間。
 柳生家江戸家老、田丸主水正は、鼈甲《べっこう》縁の眼鏡を額部《ひたい》へ押しあげて何か書見をしていた経机から、大之進のほうを振りかえった。
「オ、なんじゃ。そんなうすぎたないものを座敷に持ちこみおって……」
 と小言をいいかけた主水正、二度見なおして、イヤ、驚きましたネ。
 驚くわけです。
 夢にも忘れないこけ猿の茶壺……主水正は、操り人形が糸につられるように踊るように、両手を空《くう》に泳がせて、フワフワッとたちあがろうとした。
「こ、これ、とうとう――お壺を、手に入れてくれたか、いや、でかした、でかしたぞ! 大之進」
「いえ、御家老、落ちついてください。何者が、いかなる考えあっての仕業かは存じませんが、昨夜お庭へ忍びこんで、この壺を縄で松の木へぶらさげたやつがあるんです。いま見つけて、大騒ぎをしたうえあけてみましたところが……」
「ウム! はいっておったか?」
「ですから、落ちついてくださいと申しあげるのです。何もはいっておりませぬ」
「ナニ、壺はから……!」
 夢みるように、じ
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