に、越前守、はッと答えて、
「御意《ぎょい》にござりまする。昔から茶匠の棚において、一の位をゆずったことのないこけ[#「こけ」に傍点]猿の茶壺――この壺あるがゆえに、わずかの禄にもかかわらず、御三家をはじめ、御譜代|外様《とざま》を通じての大大名をも後《しり》えにおさえて、第一の席は、ずっと柳生家の占むるところでござりました」
「この名壺《めいこ》じゃからな、むりもない」
「それほどの壺をまた、柳生ではどうして、弟の源三郎へなどくっつけて、この江戸の司馬十方斎へゆずろうとしたのであろう……解《げ》せぬ」
と愚楽老人が、首をひねる。
「サ、それは、なんとかして弟を世に出そうという、兄|対馬守《つしまのかみ》の真情でもござりましょうか。弟の源三郎と申すは、剣をとっては稀代の名誉なれど、何分恐ろしい乱暴者で、とかくの噂《うわさ》もあり、末が気づかわれますところから、天下の人間道場たる江戸へ出して、広い世間を見せてやろうとの兄のはからいに相違ござりませぬ。マ、それはそれといたしまして、サテ、宇治では、各大名の茶壺に新茶を詰め終わりますると、これなる蓋をいたし、この蓋の上から、ピッタリと奉書の
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