お美夜ちゃんの手をとろうとすると、ハッと何事か思いついた泰軒先生、
「コラコラ、チョビ安とやら、ただいまはそんなことを言うておる場合ではあるまい。生きうめになった丹下左膳を助け出しに……」
「オウ、そうだ! お美夜ちゃん! いずれ、つもる話はあとでゆっくり――小父ちゃん! さあ、行こう」
「待て!」
 と泰軒先生、お美夜ちゃんのそばにしゃがみこんで、
「今夜はお美夜ちゃんにも、ひと役働いてもらわねばならぬ」
 と、何事か、そっとその耳にささやけば、お美夜ちゃんは、かわいい顔を緊張させて、しきりにうなずいていた。
 それからまもなくだった。
 二組の人影が、このとんがり長屋の路地口から左右にわかれて、漆《うるし》よりも濃い江戸の闇へ消えさったのだが……。
 その一つは、泰軒先生をうながして、一路穴埋めの現場《げんじょう》へいそぐチョビ安。
 もう一つの小さな影は。
 大きな風呂敷でこけ猿の茶壺をしっかと背負ったお美夜ちゃん、淋しい夜道に、身長《せい》ほどもある小田原提灯をブラブラさせて、一人とぼとぼ歩きに歩いた末。
 生まれてから、こんなに遠く家をはなれたことのないお美夜ちゃん。
 しか
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