戸ッ子だ。スッパリあきらめやした。あきらめて働きやす……へえ、かせぎやす」
「オオ、その気になってくれたら、わしも相談にのりがいがあったというものじゃ。サア、次ッ!」
「アノ、泰軒様――」
 と、細い声を出したのが、前列にすわっている赤い手柄の丸髷《まるまげ》だ。とんがり長屋にはめずらしい、色っぽい存在。
 一と月ほど前に、吉原《なか》の年《ねん》があけて、この二、三軒先の付木屋《つけぎや》の息子といっしょになったばかりの、これでも花恥ずかしい花嫁さま。
「お前さんの番か。なんじゃ」
「アノ、あたしは一生懸命につとめているつもりですけれど、お姑さんの気にいらなくて、毎日つらい朝夕を送っていますけれど――」
 泰軒先生ケロリとして、
「ふん、そのようすじゃア、お姑さんの気にいらねえのはあたりまえだ。自分では勤めているつもりですけれど……と、その、けれど[#「けれど」に傍点]が、わしにも気にいらねえ」
 こうして毎日夜になると、泰軒先生の家は、このトンガリ長屋の人事相談所。

       三

 付木屋の花嫁は、たちまち柳眉をさかだてて、
「あら、こんなことだろうと思ったよ。年寄りは年寄
前へ 次へ
全430ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング