な若いやつらが五、六人、縁側へ出て、奥庭のほうをむいてワッハッハッ、ハッハッハッ……と、頼まれもしないのに、御苦労さまに笑い声を合わせる。
 妻恋坂上一帯を領している、宏大もない司馬の屋敷。
 植えこみやら、芝生の小山やらをへだてて、はるかむこうの棟に、伊賀の連中がいすわっているのですが、しん[#「しん」に傍点]としずまりかえって、ウンともスンとも答えない。
 はやる若侍たちを一手におさえて、師範代安積玄心斎が、
「マア、待て! 早まったことをしてはならぬ。今にも殿がお帰りになろうもしれぬ。その話をうけたまわったうえで、御命令ひとつでは、剣の林はおろか、血の池へもとびこみ、しかばねの山を築こうわれらではないか。コレ、しばらく忍べ」
 と、必死にしずめているのです。
 事実、今にも源三郎が、フラッと帰ってくるに相違ない――玄心斎は、そうかたく信じて疑わぬので。
 しかし。
 亡くなった老先生に、萩乃の夫と懇望され、藩主対馬守とのあいだにかたい話し合いがついて、それで乗りこんできたこの婿入り先なのに、その不知火流の道場には、意外な陰謀が渦を巻いていて、肝腎の若君はいま行方不明……。
 源三郎に陰膳すえて、道場方とにらみ合い――ふしぎな生活がつづいている。

       二

「御気分はいかがで」
 峰丹波は、大きなからだに入側《いりかわ》の縁をきしませて……表むきはどこまでも、御後室様と臣です。申し訳にそっと片膝ついて障子をあけながら、そう、面ずれの跡のどぎつい顔を、お蓮さまのお部屋へさしいれた。
 侍女をも遠ざけて、ただひとり。
 脇息《きょうそく》に、ほっそりした被布《ひふ》姿をよりかからせていたお蓮様は、ホッと長い溜息とともに、眉のあとの赤い顔をあげるのも、ものうそう……。
「何度も言うようじゃが、寝覚めが悪いねえ、丹波」
「またさようなことを――!」
 眼も口も、人の倍ほどもある大柄な丹波の顔に、すごい微笑《えみ》がみなぎって、
「お蓮様ともあろう方が、あんな青二才のことをいつまでも――はっはっはっは、イヤ、私はまるで胸がつかえるようなうっとうしい気持です。あっちへまいれば、萩乃様は萩乃様で、源三郎をおもって、シクシク泣いてばかりおいでになる。こっちへ来ればこっちで、あなた様が同じ源三郎をあきらめきれずに、この気っ伏せのありさま。どうもおもしろくない」
 と、はいって来て、
「いけませんな。そうクヨクヨなされては。なくなった大先生のおぼしめしどおり、源三メを萩乃様に添わせて、われらはこの道場を立ちのくか――面目にかけてそれができぬ以上、あれくらいの荒療治は当然ではござりませぬか。サ、御後室様、お気をなおして、すこしお庭先でもお歩きになっては」
 お蓮様は返事もしない。頭痛でもするのか、白い華奢《きゃしゃ》な指さきで、しきりにこめかみを押え、額に八の字を寄せてだまりこくっている。
 丹波もしばらく無言。ジットそのようすをみつめていたが、やがて、ズイと双膝《もろひざ》をすすめて、
「御相談……」
「なんだエ? また御相談――ほほほ、お前の相談というのは、悪いたくらみにきまっている」
「同じ穴の狸ではござらぬか、そうどうも信用がなくては、ははははは」
 声だけで笑った丹波、キラリと眼を光らせると、声を低めて、
「もう今となっては、万が一にも柳生源三郎が、生きてかえる心配はございませぬ。今日まで待ってなんの音沙汰もないところをみると、もはや大丈夫……そこで今日にでも拙者が、亡き先生のお跡目になおり、この道場をいただくという流名相続の披露をいたしたいものでござるが」
 予定の計画ですから、お蓮様はいまさら驚くこともない。むしろ自分から出た陰謀だ。もしあの源三郎に、恋を感じてさえいなければ、永年の願望がやっときょう成就すると聞いて、お蓮様はどんなにかこおどりしたことでしょうが――運命の皮肉、先妻の娘萩乃の婿に迎えた源三郎を、こんなに、心ひそかにしたっている現在のお蓮さまとしては……。
「そうねえ。もう、そうするよりほか、ないだろうねえ」
「ナ、何を――今となって、何を言わるる!」
 丹波は……。
 この盛大な十方不知火流の道場とともに、お蓮様とも天下晴れて……だがお蓮様よりは、道場のほうがありがたいのが、丹波の本心です。しかし、それも、故先生の後釜に、お蓮様のもとへ入夫する形でこそ、道場も自然におのが懐《ふところ》へころげこもうというものですから、この土壇場へ来て、こうもにえきらないお蓮さまの態度を見せられては、
「出るところへ出て、拙者がこの口をひらこうものなら、同罪ですぞ、お蓮様」
 詰め寄りました。
 丹波も懸命です。

       三

 ものうい初夏の午後だ。はるか妻恋坂の下からのどかな余韻を引いてあがってくる、苗売りの
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