しく、糊と紙のあいだにいつのまにか虫がわいたとみえて、模様のような虫食いの跡が見えてきた。それと同時に、息づまるような三人の力の入れ方もいっそうせまって、今はもう、部屋の空気そのものが固化したよう……緊張の爆発点。
 と! そのときでした。
「オヤッ!」
 と、愚楽老人が叫んだのです。そして、手の小刀をほうり出して、
「あった! 出てきた! ホレ、上様、越州、字が書いてある? ソラ、この下の紙に、うっすらと字が見えまするぞ」
「ドレドレ! ホホウ、なるほど、何やら墨の跡がすけて見えるわい」
「御老人、早く、その上の紙をお取りなされ」
「損じてはならぬぞ」
「心得ております。ここが千番に一番の掛け合い――」
 愚楽老人は、紙の端にそっと爪をかけて、静かに、しずかに剥《む》きはじめた。上の奉書が注意深く剥がされるにつれて、下から出てきたのは、何やら文字と地図らしいものの描かれた、一枚の古びた紙!
 こけ猿の壺の秘密は、いま明るみへ出ようとしている。
 何百万、何千万両とも知れない。柳生の埋宝!
 老人の手が、上の紙を剥ぎ終わりました。六つの眼が、凝然とひとつに集まる。
 押しつぶしたような無言ののちに、声に出してその文字を読んだのは、吉宗公であった。
「常々あ○○心驕○て――」

       四

「常々あ○○心|驕《おご》○て湯水のごとく費《つか》い、無きも○○なるは、黄金なり。よって後世一○事ある秋《とき》の用に立てんと、左記の場所へ金八○○両を埋め置くもの也――」
 そこまで読んだ八代公は、紙片から顔をあげて、のぞきこんでいる愚楽と越前守を見まわした。
「ところどころ虫が食っておって、よく読めぬ。わからん個所には字を当てて、判読せねばならぬが」
 横合いから、愚楽老人がスラスラと読んだ。
「常々あれば心|驕《おご》りて湯水のごとく費《つか》い、無きも同然なるは黄金なり。よって後世《こうせい》一|朝《ちょう》事《こと》ある秋《とき》の用に立てんと、左記の場所へ金――サア、これはわからぬ。八百万両やら八千万両やら、それとも八十五両やら、とにかく、八の字のつく大金」
「シテ、その埋ずめある場所は?」
 忠相の問いに、八代公は、その古びた紙を灯にすかして見ながら、
「武蔵国――アア、どうしたらよいか。このとおり虫が食っておってあとは読めぬ」
 愕然として他の二人は、同時
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