を、朗々吟じながら――。
 棟の焼けおちた大きな丸太を、ブンブン振りまわして、だれもそばへよれない。
 のんだくれで、のんき者で、しようのない泰軒先生、実は、自源流《じげんりゅう》の奥義《おうぎ》をきわめた、こうした武芸者の一面もあるんです。
 トンガリ長屋の人たちは、この泰軒先生のかくし芸を眼《ま》のあたりに見て、ちょっと穴を掘る手を休め、
「丸太のような腕に、丸太ン棒を振りまわされちゃア、近よれねえのもむりはねえ」
「ざまアみやがれ、侍ども!」
「オウ、感心してねえで、穴掘りをいそいだ、いそいだ」
 不知火《しらぬい》の連中は、気が気ではない。泰軒一人でも持てあましぎみだったところへ、文字どおり百鬼夜行の姿をした長屋の一団が、まるで闇からわいたようにとびだしてきて、見る間に穴を掘りだしたのだから、結城左京らのあわてようッたらありません。
 それはそうでしょう。
 この穴を掘りさげていけば、柳生源三郎と、丹下左膳がとび出す。
 猫を紙袋《かんぶくろ》におしこんで、押入れにほうりこんであるからこそ、鼠どもも、外でちっとは大きな顔ができるようなものの……。
 その鋭い爪をもった猫が、しかも二匹、いまにも袋をやぶり、押入れからとび出すかもしれないのだ。
 それも、死骸であってくれれば、なんのことはないが――。
 水におぼれて、もう死んでいるには相違ないけれど……伊賀の暴れん坊と不死身の左膳のことだ、ことによると……。
 ことによると。
 まだ生きているかもしれない――。
「こいつひとりにかまってはおられぬ」
 と左京は大声に、
「早く! 早く穴のほうへまわって、あの下民《げみん》どもを追っぱらってしまえ」
 声に応じて、刀をふりかざした二、三人が、穴のまわりに働く長屋の連中のなかへ斬りこもうとするのだが――。
 ドッコイ!
 泰軒先生の丸太ン棒が、行く手ゆく手にじゃまをして、どうしても穴のそばへ行くことができない。
「筑紫の不知火も、さまで光らぬものじゃのう」
 泰軒先生の哄笑が、長く尾をひいて闇に消えたとき! 
 必死に穴を掘っていた群れに、突如、大声が起こって、
「ヤア! 水だ、水だ!」
「水脈《すいみゃく》を掘りあてたぞ!」
 それじゃアまるで井戸掘りだ……しかし、冗談ではない。しばらく掘りひろげた穴から、コンコンと水が盛れあがってくるではないか。
「こりゃいけね
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