おお、これか、チョビ安と申すは」
と覆面の士《さむらい》は、泰軒へ、
「いや、わしとは思わず、ただある筋から、使いの者が来たと思って、応対してくれい」
覆面のなかの柔和な眼が、静かにほほえんで、
「おぬしも知っておるであろう。あの愚楽老人ナ、彼は、全国に散らばるお庭番の元締めじゃから、ふと思いついて、愚楽老人にこのチョビ安なる者の親の探索を頼んだのじゃ。伊賀の者だということのみを頼りにナ――すると、それが知れたのじゃ」
「えっ! あ、あの、あたいの父《ちゃん》や母《おふくろ》が――?」
「おお、知れたぞ。今日知れた。で、お美夜への約束を果たそうと、さっそくわしが自分で……イヤ、こうして使いの者をよこしたわけじゃが、これ、チョビ安とやら、そちの父は、いま日光におるぞ、そちも日光へゆくか、どうじゃ。このたびの日光御造営の竣工式に、吉例により紫の衣紋《えもん》をつけて現われる人こそ、そちの父なのじゃ――」
四
「ねえ、泰軒小父ちゃん、すぐ発足しようじゃアねえか。あたいの父《ちゃん》が知れたんだい! べらぼうめ! 朝までなんか待っていられるかい」
とチョビ安は、涙のいっぱいたまった眼で、えらい鼻息。
「あたいの父《ちゃん》はね、こんどの日光の式に、紫の着物を着て出る人なんだって。その式にまに合わねえと、たいへんだ。おじちゃん、連れていっておくれよウ。日光には、お美夜ちゃんも作爺ちゃんも、みんないるんじゃアねえか」
はしゃぎきったチョビ安は、
「コウ、泰軒坊主め、すぐ出かけようぜ」
と、調子にのってどなるさわぎ。
使者だと言った覆面の侍が、静かに泰軒に目礼を残して、帰っていったあとである。
この、顔をかがやかし、眼に涙を浮かべて、いさみたっているチョビ安を見ては、泰軒先生も神輿《みこし》をあげざるをえない。
「ウム、さもありなん。それでこそ親子の情じゃ」
「なに言ってやんでえ! 何がアリナンでえ。サア、早く早く!」
とせきたてられて、泰軒先生、急にこの真夜中に、チョビ安|兄哥《あにい》の手を引いて、はるばる日光へ出発することになったのである。
したく?
冗談じゃアない。二人ともお尻をからげて、冷飯《ひやめし》ぞうりを引っかければ、もうそれでりっぱな旅のしたく。
型ばかり雨戸をしめて、路地へたちいでた泰軒居士、長屋じゅうへひびきわたるよう
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