「茶壺の駕籠ではあるめえか」
 そう思った。
 小みぞのそばに、柳の垂れ枝。そのかげに身をひそめた左膳が、近づく駕籠を半暗《はんあん》にすかして見ると――蝋色《ろういろ》鋲打《びょうう》ちの身分ある女乗物。
 と! 闇に氷の光一閃。同時に、駕籠わきの一人が、ウウム! と肩口をおさえてよろめいたとき、
「待った! 気の毒だが、その駕籠に用がある――」

       二

「ヤッ! 狼藉《ろうぜき》者ッ!」
「人違いではないか。うろたえるな!」
「それッ、おのおの……」
 いろいろな声が一時にわいて、侍たちは、ぴたりと駕籠を背に、立ちならんだ。
 肩をやられた一人は、何か火急の用事のある人のように、タタタッと前のめりに、三枚橋を渡りきって、四、五間走ったところで、ぱったり倒れた。
 一同は、そっちを振り向く余裕もなく、
「名乗れッ! われらは柳生対馬守藩中……」
「おウ、その柳生の駕籠と知って用があるのだ!」
 すでに一人の血を味わった濡れ燕を、左膳は、ひだり手にだらりと下げて、よろめくように二、三歩、前へ出ながら、
「よウ、そ、その駕籠の中を一眼見せてくれ、壺でなかったら、おとなしく引き下がるから、よウ」
 と、しなだれかかるように、侍たちへ肩を寄せてゆく。うすく笑いながら――。
 内心に渦まく殺気を持てあまして、その一本腕がうずうずするとき、左膳はよく、こうした酔漢《よいどれ》のような態度をとるのだ。
 いわば。
 丹下左膳がもっとも左膳らしい危険な状態に達した高潮《こうちょう》。
 とも知らない一人が、
「たわけッ!」
 どなると同時《どうじ》に、フイと、おどるようなからだつき――足を開き、腰を沈ませたかと思うと、抜きうちに左膳の胴《どう》へ!
 刀身に、白く月が冴えた。
 どすッと、何か、水を含ませた重い蒲団を、地面へたたきつけたような音がしたのは、今の一刀が、みごと左膳の深胴《ふかどう》にはまったのか……。
 と見えた刹那。
 ひょろっと手もとへ流れこんだ左膳の体あたり、無造作に持った濡れ燕の柄《つか》が、その切っさきを受けとめて、かわりに、足をすくわれたように空《くう》に泳いでいるのは、かえってその斬りつけたひとり。
 ふしぎ!
 いつ濡れ燕が羽ばたきしたのであろう。
 今の重い音は、かれの上半身をななめに斬り裂いた濡れ燕の、血をなめた歓声だったのだ。

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