、小倉山の高原。
 で、この高原を一里あまりもたどって、赤薙《あかなぎ》の東ふもとに出れば、もうはやそこに、とうとうと地ひびきをうって聞こえてくるのは……。
 日光三大|瀑布《ばくふ》の一なる、霧降《きりふり》の滝です。
 高さ十三丈、幅五間、上下二段になっている。
 山上から飛ぶしぶきは、折り重なる岩石に砕けて煙のように散り、滝壺から、横の山道にのぞく立ち木のこずえにかけて。
 どうです!
 いま、すばらしい七色の虹《にじ》が、かかっている。
 その虹のはしに、小広い滝見台があって、そこから、草を分ける小みちが、だらだらくだりに滝とは反対の谷底へ、のびています。
 昼なお暗いという形容は、ここにきてまことに真。
 小みちを下りつくした谷あいの木かげに、先ごろから、木口のいろも白い一軒の造作小屋が建てられて。
 どんなものずきな人か、髪の白い、腰の曲がりかけた老人が、この山奥も淋しくないとみえ、たったひとりで住んでいる……作阿弥。
 人の背ほどもあろうかと思われる雑草や、灌木におおわれて、この作阿弥の仕事部屋は、滝見台からも人の眼に映らない。
 世を離れ、三昧《さんまい》の境地にはいって、一心不乱に制作したいという彼の望みにしたがって、この、もっとも人跡絶えた渓谷を卜《ぼく》し、対馬守の手で急ぎ建てられた、いわば、これが、作阿弥のアトリエなのだ。
 たった一人――。
 とは言ったが。
 それにしては、ふしぎなことがある。その工作部屋から、ときどきさかんに人の話し声がもれてくるので。
 だが、朝夕作阿弥が、小屋のそばを流れる谷川の縁にしゃがんで、土釜《どがま》の米をすすいだり、皿小鉢を洗っているのを、むこう山の木の間から、樵夫《きこり》が見かけることがあるくらいで、住んでいるのは、確かに作阿弥老人ひとりのはずだが……。
「なア、りっぱなものを彫りあげて、ぶじに納めることができれば、大仏師|法眼康音《ほうげんやすね》、狩野探幽《かのうたんゆう》、左甚五郎など、日光結構書に伝わる名人巨匠と肩をならべて、お前も長く権現様のおそばに残ることになるのじゃ。ナア、そう思ったら、しばらくジッとして立っておるぐらい、なんのこともあるまいが……」
 今も、この作事小屋から、しきりに作阿弥の話し声が流れ出て、
「ホラ! ここへひとつ、こう、グッと鑿《のみ》を入れると、ソラどうじゃ、全体が
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