らく拙者のじゃまをしてこられた、峰丹波どの……」
むろん名前は、日本国じゅう、いかずちのごとくとどろきわたっている伊賀の殿様だが、峰丹波、まだ眼通りを得たことがない。
対馬守のお顔は、知らないんです。
で、換え玉などとは、もとより思うわけもなく。
ギョッとすると同時に、丹波はくずれるように、土に小膝をつきかけた。
「ヤ? これは大先生にござりまするか。そうとも存ぜず、かかる異様のいでたちにてまかりいで……」
あわてて、袴の股立《ももだ》ちをおろそうとした。
「お見ぐるしき段、ひとえに御容赦を――手前は、ただいま源三郎様よりお言葉のありましたる、峰丹波と申する未熟者……」
「イヤイヤ! その御挨拶では、かえって痛みいる」
田丸主水正、なかなかどうして芝居気がございます。すっかり主君対馬守になりきって、鷹揚《おうよう》にそっくりかえっている。
ゆうべおそく。
やっとのことで作阿弥《さくあみ》老人の神輿《みこし》を上げさせ、トンガリ長屋からつれ出して、麻布の上屋敷へ引っ張ってゆくと。
この道場の源三郎のもとから、安積玄心斎が使者に来ていて、もうひとつ、主水正の命令《いいつ》かった役目というのが。
あろうことか、藩主対馬守に化けこんで、今朝《けさ》のこの源三郎対丹波の真剣勝負に立ちあうこと。
「余の顔を知らぬのだから、大丈夫だ。大名らしくふるまえばよい。そちなら勤まるであろう」
と対馬守がおっしゃった。
そのつもりで、いい気持になって来ている主水正、せいぜい一藩のあるじらしくかまえこんで、
「丹波とやら、マ、マ、立つがよい。今は、正式に眼どおりさし許しておるという場合ではない。余は、単なる判定者の資格でまいっておるのじゃ。余と思わず、一剣士と思うて、目礼だけにとどめておいてもらいたい。そうでないと、余が困る、うむ、余が困る。アッハッハ」
呵々大笑《かかたいしょう》しました。相当なものです。
立会人に、あの丹下左膳でも飛び出してくるのでは?……と、おっかなビックリでいた峰の先生、その左膳の上をゆく柳生対馬守があらわれたのですから、もうなんといってもこの試合を、のがれるすべはありません。
蒼白に顔色を変えて、
「大先生のお立ちあいとは、身にあまる光栄――」
と言ったが、よほど身にあまるとみえて、全身ががたがたふるえている。
二
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