間になってしまった。はって、家の中のことだけはできるけれど。
 とつおいつ思案して、路地をぶらぶら歩いてくるとたん。
 とんがり長屋の角に、一丁の夜駕籠がとまったかと思うと、
「代《だい》は今やる。ちょっと待ってくんねえ」
 例によって大人《おとな》びた幼声は、まぎれもないチョビ安。
 とんぼ頭を垂れからのぞかせて、駕籠を出るが早いか、眼ざとく路地の泰軒先生を見つけたとみえて、
「オウ、お美夜ちゃんとこの居候《いそうろう》じゃアねえか」
 バタバタかけよって、
「オイ、イソ的の小父《おじ》さん、駕籠賃をはらってくんな。酒代《さかて》もたんまりやってな」
 と呼吸《いき》をはずませている。
 泰軒先生は、星の輝く夜空を仰いで、わらった。
「ワッハッハ、子供か大人かわからねえやつ……貴様は、あの丹下左膳の小姓であったナ」
「ウム、その父上左膳のことで来たんだ。とにかく居候の小父ちゃん、銭を出して、あの駕籠屋をけえしてくんなよ」
 だが、それはむりで、泰軒先生にお金があれば、左膳に右手がある。
 しかし、血相を変えているチョビ安のようすが、ただごとでないので、泰軒先生の一声に応じ、長屋の誰かれが小銭を出しあって、チョビ安の駕籠賃をはらってやった。
 この駕籠は。
 チョビ安、さきごろからこのお美夜ちゃんの家にいる泰軒先生を思い出して、この場合、その助力を借りようと思いたつが早いか、あの司馬寮の焼け跡から、通りかかった辻駕籠をひろい、一散にとばしてきたもので。
 ふところに小石を入れてふくらまし、
「金はこのとおり、いくらでも持っている。酒代も惜しみはせぬぞヨ」
 などとチョビ安、例の調子で、ポンと胸をたたいたりして見せたものだから、子供一人の夜歩き、駕籠屋はたぶんにいぶかりながらも、ここまで乗せて来たのだった。
「それで小父ちゃん、おいらが、その、父上の落ちた穴のまわりにうろついていると、夜になって、町人やら百姓のかっこうをしたやつらが、鋤《すき》や鍬《くわ》を持ってやってきて、おいらを押しのけて、ドンドン穴を埋めようとするじゃアねえか。多勢《たぜい》に無勢《ぶぜい》、あたいはスタコラ逃げ出して、駕寵でここへとんできたわけだが、もう穴は埋まったに相違ねえ。ねえ小父ちゃん。お前はとっても強い人だって、丹下の父上が始終《しじゅう》言っていたよ。どうぞ後生だから、おいらといっし
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