宝塔はこのとき石造りに改められ、その他、日光造営帳によると、本社を中心におもな建造物はみなで二十三屋、たいへんな事業でありました。
 有名な水屋前の銅の鳥居も、この寛永寺の造築に、鋳物師|椎名兵庫《しいなひょうご》がつくったものであります。
 この鳥居の費用が二千両、今《いま》でいうと七、八|万円《まんえん》だそうですから、いかに豪勢なものか想像にあまりある。
「まず、だいたいにおいて、この寛永の御造営を模《も》して、これにしたがってゆこうではござらぬか」
 林念寺前の上屋敷、奥の広書院に客を招じた対馬守は、主客席が定まってひととおりの挨拶ののち、すぐこう言って、相手を見た。
 相手というのは。
 対馬守入府の通知を受けて、いま小石川第六天の自邸から、打ちあわせに来た別所信濃守です。
 賄賂《わいろ》の出し方が少ないというので、今度の日光修営に、副役ともいうべきお畳奉行を当てられた人で。
 屋敷の門を出るまで、
「名誉じゃ、名誉じゃ。イヤ、運の悪い名誉じゃテ」
 と、ほとんどべそをかかんばかりだったが。
 名指しを受けた以上、否応《いやおう》はありません。
 くすぐったいような、泣き出しそうな顔で、いま対馬守の前にすわっている。
 蒼《あお》い頬、痩せたからだ。金のかかるお畳奉行は、なるほど重荷に相違ない……貧相な人だ。
 ここでひとことでも対馬守が、ほんとに今度はえらい目にあって――とでもいうようなことを言ったら、同病あいあわれむで、すぐ本音を吐《は》き、愚痴をならべ出す気の別所信濃守だが。
 主役たる造営奉行の肚《はら》がわからないから、めったに不平《こぼ》すことはできない。
 へたに迷惑らしいことをいおうものなら、公儀へ筒ぬけともかぎらないので。
 対馬守も同じ心だ。
 たぶんまいっているのだろうとは思うが、相手の気持がハッキリしないので、うち明けて、どうも困ったことに……とは言えない。
「諸侯のうらやむお役を引き当てましたことは、一身一藩の栄誉、御同慶至極に存じまする」
「さようで。拙者一度は、この日光のおつとめをいたしたいものじゃと、こころがけておりましたが、やっとその念願がとどいたわけで」
 と二人は、しごくまじめ顔だ。
 本心をさぐり合うような眼を交わしている。
「ところで――」別所信濃守は言いにくそうに、しばらくモジモジしていたが、
「あの、おしたく
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