はいって来て、
「いけませんな。そうクヨクヨなされては。なくなった大先生のおぼしめしどおり、源三メを萩乃様に添わせて、われらはこの道場を立ちのくか――面目にかけてそれができぬ以上、あれくらいの荒療治は当然ではござりませぬか。サ、御後室様、お気をなおして、すこしお庭先でもお歩きになっては」
 お蓮様は返事もしない。頭痛でもするのか、白い華奢《きゃしゃ》な指さきで、しきりにこめかみを押え、額に八の字を寄せてだまりこくっている。
 丹波もしばらく無言。ジットそのようすをみつめていたが、やがて、ズイと双膝《もろひざ》をすすめて、
「御相談……」
「なんだエ? また御相談――ほほほ、お前の相談というのは、悪いたくらみにきまっている」
「同じ穴の狸ではござらぬか、そうどうも信用がなくては、ははははは」
 声だけで笑った丹波、キラリと眼を光らせると、声を低めて、
「もう今となっては、万が一にも柳生源三郎が、生きてかえる心配はございませぬ。今日まで待ってなんの音沙汰もないところをみると、もはや大丈夫……そこで今日にでも拙者が、亡き先生のお跡目になおり、この道場をいただくという流名相続の披露をいたしたいものでござるが」
 予定の計画ですから、お蓮様はいまさら驚くこともない。むしろ自分から出た陰謀だ。もしあの源三郎に、恋を感じてさえいなければ、永年の願望がやっときょう成就すると聞いて、お蓮様はどんなにかこおどりしたことでしょうが――運命の皮肉、先妻の娘萩乃の婿に迎えた源三郎を、こんなに、心ひそかにしたっている現在のお蓮さまとしては……。
「そうねえ。もう、そうするよりほか、ないだろうねえ」
「ナ、何を――今となって、何を言わるる!」
 丹波は……。
 この盛大な十方不知火流の道場とともに、お蓮様とも天下晴れて……だがお蓮様よりは、道場のほうがありがたいのが、丹波の本心です。しかし、それも、故先生の後釜に、お蓮様のもとへ入夫する形でこそ、道場も自然におのが懐《ふところ》へころげこもうというものですから、この土壇場へ来て、こうもにえきらないお蓮さまの態度を見せられては、
「出るところへ出て、拙者がこの口をひらこうものなら、同罪ですぞ、お蓮様」
 詰め寄りました。
 丹波も懸命です。

       三

 ものうい初夏の午後だ。はるか妻恋坂の下からのどかな余韻を引いてあがってくる、苗売りの
前へ 次へ
全215ページ中64ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング