」に傍点]に着て、キリッとしりばしょりをしている……小意気な、ちょいとした男前。
三
ひさしぶりに、鼓《つづみ》の与吉。
彼は。
同じような茶壺がいくつも出てきて、与吉、とほうにくれてしまったんです。
そのうえ、丹下の殿様も、酷《むげ》えことをしたもので、あの伊賀の暴れん坊といっしょに、渋江の寮の焼け跡で穴埋めにされてしまった。
あのあとから、泰軒坊主とトンガリ長屋の連中がおしかけて、掘り返したそうだが、出てきたのは、水、水――水だけだったと聞いたが……それはそうと、若き主君を失った源三郎づきの伊賀侍たちは玄心斎、谷大八をはじめ、一同まだ妻恋坂の司馬の道場にがんばっている。あの若者にかぎって、奸計におちいるようなおひとではない。かならずや近いうちに、どこからかブラリと現われるに相違ない。相変わらず蒼白い顔に、不得要領の笑みを浮かべて、ふらっと懐手をしたまんま。
そう信じて、みんな今か今かと、源三郎の帰りを待ちかまえている。同じ屋敷内の峰丹波一味と、いまだに睨み合いをつづけたなりで。
本物の壺がどこにあるかわからないから、どっちについていいか見当のつかない鼓の与の公。
おっかなビックリで訪ねて行った尺取り横町のお藤姐御の家には貸家札がななめに貼られて……。
近処の人に、それとなく聞いてみると、
「サア、なんですかね。もうだいぶ前ですけれど、姐さんはバタバタ家をたたんで、どこか旅に出るとかって、フラッといなくなりましたよ。もう江戸にはいないと思いますがね」
という返事だ。
そこで。
鼓の与吉。
あちこちへ眼《まなこ》をはなって、世間のようすをながめると――。
チョビ安は泰軒先生に引き取られてトンガリ長屋の作爺さんの家に、お美夜ちゃんを加えて四人、水いらずの楽しい暮し……というところだが、泰軒とチョビ安、大小二人のかわり者が、作爺さんの屋根の下に居候にころがりこんでいるわけ。
「あのチョビ安を抱きこんで、ここでなんとか一芝居うってみてえものだが――」
とは思うものの、与の公、頭をかいて、
「どうも、あの泰軒てえ乞食野郎がいるあいだは、恐ろしくて寄りつけもしねえ」
手も足も出ない与吉。それでもまあどうやら丹波の御機嫌を取りなおして、妻恋坂道場の供待ち部屋にごろっちゃらしながら毎日、麻布林念寺前の柳生の上屋敷のあたりをうろつい
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