説いたものとみえます。
 ピッタリ両手をついてひれふしている主水正の前へ、愚楽さんは、ニヤニヤした顔を突き出して、
「じゃから、そういうわけじゃから、御藩をとりつぶそうのなんのというのが、決して御公儀の考えであるわけはなし、いわば、こけ猿の蔵しておる秘財の何分の一、イヤ、何十分の一――それは、真のこけ猿がみつかり、宝の所在が明らかにならねば、いかほどまでに莫大なる財産かわからぬから、しかとしたことは言えぬが、とにかくその一部分を日光につかわせようというのが、将軍家のありがたいおぼしめし……」
 あんまりありがたくもありませんが、そう言われる以上、主水正、いかにもありがたそうに白髪頭をいっそう畳にこすりつける。
 愚楽さんは静かに説きすすめて、
「しかるに、こけ猿に意外の邪魔がはいり、真偽いずれともしれぬ壺が、いくつとなく現われた」
「ハッ、その儀は、手前ども柳生藩の者一同、実にどうも、近ごろ迷惑しごくのことに存じおりまするしだいで」
「イヤ、そうであろう。黄金《こがね》のうずたかきところ、醜きまでにあらわな我欲|迷執《めいしゅう》の集まることは、古今その軌《き》を一つにする。上様におかせられても、お手前らの困憊《こんぱい》がお耳に達し、なんとかして公儀の手をもって真のこけ[#「こけ」に傍点]猿《ざる》を発見してやりたいものじゃと、わしにお言葉が下がったので、届かぬながらもこの愚楽が、大岡越前守殿と相談のうえ、ある巷の侠豪……その者の名は言えぬが――に頼んでナ、ひたすら捜索してもらったのじゃ」
「ありがたき御|芳志《ほうし》、手前主人にもなれなく取りつぎまする考え、いかに感佩《かんぱい》いたしますことか……」
「ところで、貴殿にうかがうが、いったい柳生のこけ猿と申すは、いくつあるのかな?」
「ハ?」
 と、ふしぎそうな顔を上げた主水正、
「いくつと申して――むろんそれは、一つにきまっております。他はすべて贋物」
「サア、それはわかっておるが、その贋のこけ猿が、二つ三つ御藩の手もとにも昔から伝わっておるのではないかな?」
「イヤさようなことはないと存じまするが、しかし、こけ猿の儀につきましては、国元なる一風宗匠と申す藩のお茶師にきいてみねば、何事も手前一存にては申しあげかねまする」
「そうであろう。先日某所より入手いたした茶壺、これこそは真のこけ猿に相違なしと、上様と越
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