がら、とうとう最期の息をひきとろうとしています。
 燭台を立てつらねて、昼よりもあかるい病間……司馬先生は、眼はすっかり落ちくぼみ、糸のように痩せほそって、この暑いのに、麻の夏夜具をすっぽり着て、しゃれこうべのような首をのぞかせている。もう、暑い寒いの感覚はないらしい。
 はっはっと喘《あえ》ぎながら、
「おう、不知火が見える。筑紫の不知火が――」
 と口走った。たましいは、すでに故郷へ帰っているとみえる。
 並《な》みいる医師や、二、三の高弟は、じっとあたまをたれたまま、一言も発する者はない。
 侍女に導かれて、お蓮様と萩乃が泣きながらはいってきた。
 覚悟していたこととはいえ、いよいよこれがお別れかと、萩乃は、まくらべ近くいざりよって、泣き伏し、
「お父さま……」
 と、あとは涙。お蓮の眼にも、なみだ――いくらお蓮さまでも、こいつは何も、べつに唾をつけたわけじゃアない。
 女性というものは、ふしぎなもので、早く死んでくれればいいと願っていたお爺さんでも、とうとう今あの世へ出発するのかと思うと、不意と心底から、泪《なみだ》の一つぐらいこぼれるようにできているんです。
 よろめきながら
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