られたのではない。気に負けたのである。
 源三郎は、何ごともなかったように、その丹波のようすを見守っている。
 左膳が、ノッソリと、その前に進み出た。

       八

「オウ、若えの」
 と左膳は、源三郎へ顎をしゃくって、
「この大男は、じぶんでひっくりけえったんだなア」
 源三郎は、不愛想な顔で、左膳を見あげた。
「ウム、よくわかるな。余はこの石に腰かけて、あたまの中で、唄を歌っておったのだよ。全身すきだらけ……シシシ然るに丹波は、それがかえって怖ろしくて、ど、どうしても撃ちこみ得ずに、固くなって気をはっておるうちに、ははははは、じぶんで自分の気に負けて――タ丹波が斬りこんでまいったら、余は手もなく殺《や》られておったかも知れぬに、こらッ、与吉と申したナ。その丹波の介抱をしてやれ。すぐ息を吹きかえすであろうから」
 与吉はおずおずあらわれて、
「ヘ、ヘエ。いや、まったくどうも、おどろきやしたナ」
 と意識を失っている丹波に近づき、
「といって、この丹波様を、あっしひとりで、引けばとて押せばとて、動こう道理はなし……弱ったな」
 左膳へ眼をかえした源三郎、
「タ、誰じゃ、貴様は」
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