に乗っ奪《と》られようという危機である。
多勢が四方から、咳《せ》き入る先生をなでるやら、擦《さす》るやら、半暗《はんあん》のひと間《ま》のうちが、ざわざわ騒ぎたったすきに乗《じょう》じて、お蓮さまはするりと脱け出て、廊下に立ちいでた。
嬋妍《せんけん》たる両鬢《りょうびん》は、秋の蝉《せみ》のつばさである。暗い室内から、ぱっとあかるい午後の光線のなかへ出てきたお蓮様のあでやかさに、出あい頭《がしら》に、まぶしそうに眼をほそめて、そこに立っているのは、代稽古主席《だいげいこしゅせき》、この剣術大名の家老職といわれる峰丹波《みねたんば》だった。
「いかがです、まだ――」
六尺近い、大兵《だいひょう》の峰丹波である。そう太い声で言って、にっと微笑《わら》った。
まだ老先生は息を引きとらぬか――という意味だが、さすがに口に出し兼ねて、語尾を消した。
「早くかたづくといいのにねえ」
とお蓮さまは、うつくしい顔をしかめて、かんざしで髪の根を掻きながら、
「品川から、なんとかいって来た?」
「いや、一行はいまだに本陣に頑張って、威張っておるそうですが――」
「あの、手紙をくわえた首は、だ
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