おいおい、それは話がちがうぞ。源三郎がここで火事にあったのは、かれのかってだ。壺は、強い者が手に入れるだけのこと。おれは何も、じゃまだてしたおぼえはねえ」
「言うなッ! 貴様は壺の所在《ありか》をぞんじておろう。ここであったがもっけの幸いだ。一刻もあらそう壺の詮議……ありかを知っておったら言えっ。まっすぐに申しあげろっ!」
「なんだ、それは。へたな八丁堀の口真似か――ふむ。こけ猿の所在は、まったくこの丹下左膳が承知しておる。いや、壺はおれの手にあるのだ。が、むろん、お前らに渡してやるわけはねえ」
「よしッ、きかぬ。それ、おのおの方……」
時日はせまる、壺はわからぬ、上役にはせきたてられる……で、自暴自棄になっている高大之進、いきなり、抜いたんです。
四
同時に。
尚兵館の若侍たちは、一時にパッと飛びのいて、遠巻き……。
その手に、一本ずつ秋の流水が凝《こ》ったと見えるのは、一同、早くも抜きつれたのだ。
「理不尽!」
口のなかでうめいた左膳は、左手で、ちょっとチョビ安をかばいながら、顎を突きだし、顔を斜めにして高大之進を見やった。
その鼻先にドキドキする高大之進の斬っ尖が、ころあいをはかってヒクヒク突きつけられている。
ニヤリと笑った左膳だ。
「フム。そんなにおれを斬りてえのか、おい! そ、そんなにこの左膳の血を見てえのかっ」
と、ひとことずつせりあがるように、
「イヤサ、どうでも手前《てめえ》らは斬られてえのだな。ウム? 死にてえのだナ?」
くぎるように言いながら、そっと左右に眼をくばった剣妖左膳、ものうそうに欠伸《あくび》まじりに、
「血迷ったな、伊賀侍ども。よしっ、相手になってやるっ!」
言葉の終わらぬうちに、足をひらいた左膳、ツと体《たい》をひくめたかと思うと、腰をひねって流し出した豪刀濡れ燕の柄! たっ! と音して空《くう》につかむより早く……。
「洒落《しゃら》くせえっ!」
正面の敵、高大之進はそのままにしておいて。
白いかたまりのように、横ッ飛びに左へ飛んだ丹下左膳は、その左剣を、抜き放ちに後ろへ払って。
折りから――。
左膳をめがけて跳躍にうつろうとしていた大垣七郎右衛門の脾腹《ひばら》を、ななめに斬りさげた。
血|飛沫《しぶき》たててのけぞる七郎右衛門の武者袴に、時ならぬ牡丹《ぼたん》の花が、みるみるにじみひろがってゆく。
青眼の構えよりも、すこしく左手を内側に締めこんで、剣尖《けんさき》をややさげ、踏みだした左の膝をこころもち前のめりにまげて、立ったまま、一眼をおもしろそうに笑わせて立っている。
焼け野の鬼……。
何しろ、おそろしく足場がわるいんです。焼けた梁《はり》や板、柱の類が累々《るいるい》とかさなっているその一つへ、痩せさらばえた片足をチョンとかけて、四方八方前後左右へ眼をちらす丹下左膳……見せたい場面です。
「一人っ!」
その時、ほがらかな声がひびいたのは、チョビ安が、そう大きく数えはじめたのだ。
のんきなやつで、チョビ安、手に一本の小さな焼け棒ッ杭《くい》をひろって、包囲する伊賀勢の剣輪をもぐってかこみの外《そと》へ走りぬけた。
鬼神のような左膳の剣技にどぎもを抜かれて、一同は、子供などにはかまっていない。
チョビ安はやすやすと、地境《じざかい》に焼け残っている土蔵の横へ駈けつけた。
そして、くすぶった白壁に、一と大きく数字を書きつけました。
左膳が一人ずつ斬りたおすそばから、チョビ安はここで記録をつける気とみえる。どうも洒落《しゃれ》たやつで。
左膳は?
と見ると。
から馬《うま》
一
令嬢萩乃の寝部屋で、脇本門之丞が真っぷたつになっていたのだから、司馬道場の人たちは、おどろいた。
師範代玄心斎、谷大八とともに、源三郎にくっついていったはずの門之丞が、どうして一人だけここに……?
萩乃は、死者を傷つけるがものもないと、やさしい心やりから、
「姓は丹下、名は左膳とかいう、隻眼隻腕の怖《こわ》らしい浪人者が、こけ猿の茶壺をねらって、深夜忍びこんできたのを、折りからひとりかえったこの門之丞が、とりおさえようと立ちむかったため、この最期――」
と、真相はおのれの小さな胸ひとつにのんで、うまく言いつくろったから、源三郎の家来どもは、口々に、
「さすがは門之丞殿だ。身をもって萩乃さまをかばったとは、見あげたおこころ……若殿がお聞きなされたら、どんなに御満足に思召《おぼしめ》すことか」
「それにしても、丹下左膳という妖怪が、また出たとは、おのおの方、ゆだんがならぬぞ」
左膳、すっかり化け物あつかいだ。
「こっちもこけ[#「こけ」に傍点]猿を探しておるのに、そのこけ猿をさがしに入りこむなんて見当がはずれる
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