めえも来るか」
「あい」
「向うへ行ってみたうえで、源三郎の死んだというのが間違いとわかったら、お前《めえ》その足でこの手紙を、本郷へとどけてくれナ」
「言うにゃおよぶ。源さんの生死をたしかめるのが第《でえ》一だ」
 チョビ安、源さんなどと心やすいことを言いながら、はや先にたって土間へ……。
 ひらかれようとして、まだひらかれない壺。
 手もとにある以上、あけようと思えばいつでもあけられると思ったものだから、萩乃へ恋文を書いたりして夜を明かし、いざこれからふたをとろうという時に、この火事騒ぎ――気をゆるしたわけではありませんが、早くあけて見ればよかったものを。
 今はそのひまもない。
 左膳は手早く壺にすがり[#「すがり」に傍点]をかぶせ、古金襴《こきんらん》の布にくるみ、箱に入れて、風呂敷につつみました。
 すっかりもとどおりにしまいこんで……チョビ安にでもさげさせて、いっしょに持って出ればよかったのに――。
「お藤、すぐけえってくる。それまでこの壺を、大事《でえじ》にあずかってもれえてえ。頼むぞ」
「嫌だねえホントに。どこまで水臭いんだろう。お前さんの大事なものなら、あたしにだって大切な品だろうじゃないか。なんの粗略にしてたまるものかね。安心して行っておいでよ」
「壺を押入れにでもかくして、おれがけえってくるまで家をあけねえでくれよ」
「あいサ。承知之助《しょうちのすけ》だよ」
 萩乃へあてた手紙をふところへねじこんだ左膳、この声をうしろに聞いて、左手に濡れつばめの柄《つか》をおさえ、尺取り横町を走り出た。
 チョビ安はもうドンドン先へ駈けてゆく。
 その時。
 駒形の大通りから、この高麗やしきの横町へきれこもうとしていた一人の屑屋。
「屑《くず》イ、屑イ! お払いものの御用は……」
 縦縞の長ばんてんに継《つ》ぎはぎだらけの股引《ももひ》き。竹|籠《かご》をしょい、手に長い箸《はし》を持って、煮しめたような手拭を吉原《よしわら》かぶり。
「エエ屑屋でござい――」
 横町の角で、いきなり飛びだしてきた誰かに、ドシンとぶつかった。
 出あいがしら……よろめきながら、
「ヤイッ、気をつけろい!」
 と、威張りました。

       十二

「なんでエ、屑屋にぶつかるたア人間の屑だから、拾ってくれてえ洒落《しゃれ》かい」
 駄弁《だべん》をろうして立ちなおりながら、とっさに相手を見ますと。
 右眼がつぶれ、そのうえに深い刀痕の這っている蒼い顔。
 右の袖をブラリとゆりうごかし左手に大刀の柄をおさえた異様な浪人者だから、今の雑言《ぞうごん》でテッキリ斬られると思った屑屋。
「うわあっ、かんべんしておくんなせえ。こ、このとおり、あやまりやす、あやまりやす」
 飛びのいて、必死に掌《て》をあわせて拝《おが》みました。
 ところが。
 見向きもしないその片腕の浪人は、
「おれの粗相だ。許せよ」
 と、ひとことはき捨てて、案に相違、トットと通りを向うへ駈けさってゆく。
 ひどくいそいでいるようす。
 さきへ走る子供に追いついて、二人で浅草のほうへ一散に……。
「なアんだ、あんな侍《さんぴん》でも、さすがにこのおれ様はこわいとみえる。あはははは、お尻《しり》に帆あげて逃げていきゃあがった。ざまア見やがれ」
 いい気になって左膳のあとを見送ったのち、肩の籠を一揺りゆりあげて、
「エエ屑イ、屑イ……お払いものはございやせんか」
 尺とり横町へはいっていきます。
「屑やでござい。屑イ、屑イ――」
「チョイト、屑屋さん!」
 横町の中ほど、とある小意気な住居の千本格子があいて、色白な細面《ほそおもて》をのぞかせた年増があります。
 何人もの男を、それでコロリコロリと殺してきたであろうと思われる切れの長い眼、髪は櫛巻き……。
 それが、火吹き竹をチョット振ってよびとめ、
「壺だけれど、持っていっておくれかえ」
「ヘエヘエ、壺でも鉢でも、御不用の品はなんでもいただきやす、へえ」
「じゃ、ちょっとこっちへはいっておくれよ」
 と、お藤は手の火吹き竹で土間へ招き入れた。
 新世帯にうれしいものは、紅のついたる火吹き竹――なるほど、この火ふき竹にも、吹き口にはお藤姐御の寒紅《かんべに》がほんのりついていますけれど、うらむらくはこの左膳との生活に、それらしい新婚のよろこびは、すこしもございませんでした。
 のみならず。
 今は。
 この壺と、壺にまつわる本郷司馬道場の誰やら、ほかの増す花に見返られて、あわれ自分はすてられようとしている――。
 そう思うと、怨みと妬《ねた》みにわれをわすれたお藤、この壺さえなければと考えたので。
 火吹き竹も、へっついの下をふいているうちは無事ですが、ここに思わぬ渦乱の炎を吹きおこすことになるのです。
 火ふき紅竹《べにだけ》
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