中の一人が、萩乃を慰めにその居間をのぞいたところです。
 女中が顔をしかめて、
「ほんとに、田舎者のずうずうしいのには、かないませんよ。お婿さんだなんていったって、先殿様がお決めになったばかりで、お嬢様がこんなにお嫌い遊ばしていらっしゃるのに、なんでしょう、まア、ああやってすわりこんで……そういえばお嬢さま、あの朝鮮唐津のお大切な水盤《すいばん》を、あの伊賀の山猿どもが持ち出して、まあ、なんにしていると思召す? さっきちょっと見ますと、あれをお廊下の真ん中に持ち出して、泥だらけのお芋を洗っているじゃアございませんか。あんまりくやしいから、なんとか言ってやろうと思ったんでございますけれど、あの鬼のような侍達に、じろりとにらまれましたら、総身《そうみ》がぞうっとしまして、どんどん逃げてまいりました。イエ、まあ、わたくしとしたことが、自分ながら意気地のない……ホホホホホ」
「ほんとに、うるさいねえ。あたしは頭痛がするんだから、そこでおしゃべりをしないでおくれ」
「なんと申してよいやら、おいたわしい。あんな田舎ざむらいにすわりこまれては、誰だって病気になりますでございますよ」
「いいえ、だからお前達は、ちっともあたしの気を察しておくれでないっていうのよ。いいから、あっちへ行っておくれ」
「とんでもございません。あんな山猿。どんなにかお嫌であろうとこんなにお察し申して――」
「うるさいねえ、ほんとに」
 萩乃は、キリキリと歯をかんでゆらりと長い袂を顔へ……。

       四

「若、あのお蓮様とやら申す女狐《めぎつね》が、お眼にかかりたいと申しておりますが……」
 と玄心斎が敷居際に手をついたとき、源三郎は、座敷の真ん中に、倒した脇息《きょうそく》を枕にして――眠ってでもいるのか、答えは、ない。
「お会いになる用はないと存じまするが、いかが取りはからいましょう」
「う、うるせえなあ」
 むっくり起きあがった源三郎、相変わらず、匕首《あいくち》のような、長い蒼白い顔に、もの言うたびに白い歯が、燭台の灯にちかちかする。
「ど、ど、どこへ来ておる」
「そこのお廊下までまいっております。強《た》って御面会を得たいという口上で……」
「自分でまいったのか」
「はい、自身できておりますが」
 ちっと考えた源三郎は、
「折《お》れたのかも知れぬ。会おう」
 起とうとするのを、玄心斎は静かにひきとめて、
「や、ちょっとお待ちを。あの峰丹波をだきこんでおりますことだけでも、かの女狐《めぎつね》は、なかなかのしたたか者ということは知れまする。こうやってわれら一同、いま文句が出るか、きょうにも苦情をもちこんでまいるか、何か申して来たら、それを機会に、この道場をこちらの手に納めてやろうと、かく連日連夜したい三昧《ざんまい》の乱暴を働いて、いわばこれでもか、これでもかと喧嘩を吹っかけておりますのに、きょうまでじっとこらえて、なんの音|沙汰《さた》もなかったところは、いや、なかなかどうして、敵ながらさる者。拙者の考えでは、ことによると、先方《せんぽう》のほうが役者が一枚上ではないかと……」
「うるさい。会うのはやめいと申すのか」
「いえ、おとめはいたしませんが、いかなる策略があろうも知れませぬ故、充分ともにお気をおつけなされて……」
「女に会うに、刀はいるめえ」
 つぶやいた源三郎は、玄心斎の手を静かに振り払って、懐手《ふところで》のまま、ずいと部屋を出て行った。
 つぎの間《ま》から廊下へかけて、無礼講に立ちさわいでいた柳生の門弟達が、にわかにひっそりとなるなかを、供もつれずに廊下を立ち出た源三郎は、
「どこに?」
「はい、あちらのお廊下の角に――」
 と、とりついだ門之丞の眼くばせ。
 むっとした顔で、大股にあるいてきた源三郎を、お蓮様は、眉の剃りあとの青い顔を、ニッコリほほえませて迎えました。
「まあ、あれっきり、まだ御挨拶にも出ませんで」
 そう愛想よく言いながら、お蓮様は先に立って、その表屋敷へ通ずる長廊下を、ぶらりと歩き出す。
 ところどころに雪洞《ぼんぼり》の置いてある、うすぐらい廊下……源三郎には、ふとそれが、夢へ通ずる道のように思われたのです。
「いや、当方こそ――父上の御葬儀の節には、いろいろと御心配に預かり、かたじけのうござった」
 父上と、わざと力を入れた源三郎の言葉に、お蓮様は艶やかにふりかえって、
「源様、いつまでこうやっていらっしゃるおつもり?」
嬌然《きょうぜん》と笑った。

       五

「いや、そちらこそ、いつまでこうやって楯突くつもりかな」
 源三郎は、にこりともせずに、蹴るような足どりで、歩いて行く。
 奥座敷をすこし遠ざかると、柳生の連中の騒ぎが、罩《こ》もって聞こえるばかり……長い廊下には人影一つなく、シインと
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