気をうしなった峰丹波は。
自室《へや》へかつぎこまれるとまもなく、意識をとり戻したが、おのが不覚をふかく恥じるとともに、なにか考えるところがあるかして、駈けつけたお蓮様をはじめ介抱の弟子たちへ、
「いや、なに、面目次第もござらぬ。ちと夜風に当たりかたがたお庭の見まわりをいたそうと存じて、うら木戸へさしかかったところ、何やら魔のごときものが現われしゆえ、刀をふるって払わんとしたるも、その時すでに、霧のごとき毒気を吹きかけられてあの始末……イヤ、丹波、諸君に会わす顔もござらぬ」
と夢のような話をして、ごまかしてしまったが――心中では、かの柳生源三郎がどうして植木屋になぞ化けて当屋敷へ? と、恐ろしい疑問はいっそう拡大してゆくばかり……。
しかも、素手で、一合も交じえずして自分を倒したあの剣気、迫力!――そう思うと丹波は、乗りかけた船とはいえ、この容易ならぬ敵を向うにまわして、道場横領の策謀に踏み出したものだと、いまさらのごとく、内心の恐怖は木の葉のように、かれの巨体をふるわせてやまなかったのである。
今……。
お蓮さまはこの丹波の話を、萩乃の部屋へ持って来て、
「ほんとに、白い着ものをきた一本腕の、煙のような侍が、どこからともなく暴れこんできたんですって。丹波のはなしでは、それを相手どって、一手に防ぎとめているのが、まあ、萩乃さん、誰だと思います、あの、若い植木屋なんですって」
「あら、あの、いつかの植木屋――?」
と眼を上げた萩乃の顔は、たちまち、朱で刷《は》いたように赤い。
「ですけれど、植木屋などが出ていって、もしものことがあっては……」
と、萩乃はすぐ、男の身が案じられて、血相かえ、おろおろとあたりへ眼を散らして、起ちかけるのを、お蓮さまは何も気づかずに、
「いえ、みんな出ていって植木屋に加勢しているらしいの。でも、なんだか知らないけど、あの植木屋にまかせておけば、大丈夫ですとさ。丹波がそういっていますよ。丹波がアッとたおれたら、植木屋がとんできて、御免といって丹波の手から、刀を取って、その狼藉者《ろうぜきもの》に立ちむかったんですって」
とお蓮様も、かの植木屋が源三郎とは、ゆめにも知らない。
「たいへんな腕前らしいのよ、あの美男の植木屋……」
そう言いさしたお蓮さまの瞳《め》には、つと、好色《いたずら》っぽいあこがれの火が点ぜられて――。
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