れよう。丹波の生命もまず、今宵限りであろう」
「待った! あっしに一思案……」
「とめてくれるな」
 と丹波、大刀を左手《ゆんで》に、廊下へ出た。

       四

 逃げも隠れもせぬ。ここに待っておるから、丹波に告げてこい……源三郎はそうは言ったが、よもやあの刀を帯びない植木屋すがたで、暢気《のんき》に丹波の来るのを待ってはいまい――与吉はそう思って、丹波のあとからついていった。
 司馬道場の代稽古、十方不知火の今では第一のつかい手峰丹波の肩が、いま与吉がうしろから見て行くと、ガタガタこまかくふるえているではないか。
 剛愎《ごうふく》そのものの丹波、伊賀の暴れん坊がこの屋敷に入りこんでいることを、さわらぬ神に祟《たた》りなしと、今まで知らぬ顔をしてきたものの、もうやむを得ない。今宵ここで源三郎の手にかかって命を落とすのかと、すでにその覚悟はできているはず。
 死ぬのが怖くて顫《ふる》えているのではない。
 きょうまで自分が鍛えに鍛えてきた不知火流も、伊賀の柳生流には刃が立たないのかと、つまり、名人のみが知る業《わざ》のうえの恐怖なので。
「どうせ、あとで知れる。お蓮さまや萩乃様をはじめ、道場の若い者には、何もいうなよ。ひとりでも、無益な命を落とすことはない」
 と丹波が、ひとりごとのように、与吉に命じた。
 ずっと奥の先生の病間《びょうま》のほうから、かすかに灯りが洩れているだけで、暗い屋敷のなかは、海底のように静まりかえっている。
「だが、峰の殿様、どうして植木屋になぞ化けて、はいりこんだんでげしょう。根岸の植留の親方を、抱きこんだんでしょうか」
 丹波は、答えない。無言で、大刀に反《そ》りを打たせて、空気の湿った夜の庭へ、下り立った。
 雲のどこかに月があるとみえて、ほのかに明るい。樹の影が、魔物のように、黒かった。
 丹波のあとから、与吉がそっとさっきの裏木戸のところへ来てみると!
 まさか待っていまいと思った柳生源三郎が、ムッツリ石に腰かけている。
 丹波の姿を見ると、独特の含み笑いをして、
「キ、来たな。では、久しぶりに血を浴びようか」
 と言った、が、立とうともしない。
 四、五|間《けん》の間隔をおいて、丹波は、ピタリと歩をとめた。
「源三郎どの、斬られにまいりました」
「まあそう早くからあきらめることはない」
 源三郎が笑って、石にかけたまま
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