暴れン坊の婿引出、柳生流伝来の茶壺こけ猿であろう。鬱金《うこん》のふろしきに包んだ、高さ一尺五、六寸の四角い箱だ。
「おや、いよいよきょうは一件を持って、お出ましかえ」
と笑うお藤の眼を受けて、
「あい。あんまり長くなるから、ひとつ思い切って峰丹波さまへこいつをお届けしようと思いやしてネ」
「だけど、伊賀の連中は、眼の色変えて毎日毎晩、品川から押し出して、江戸じゅう、そいつを探してるというじゃないか。もう、大丈夫かえ?」
「なあに――」
与吉の足は、もう土間へおりていました。
三
櫛は野代《のしろ》の本ひのき……素顔自慢のお藤姐御は、髪も、あぶら気をいとって乱したまんま、名のとおり、グルグルっと櫛巻にして、まア、言ってみれば、持病が起こりましてネ、化粧《みじまい》もこの半月ほど、ちっともかまいませんのさ、ようようゆうべひさしぶりで、ちょいと銭湯へはいったところで――なんかと、さしずめ春告鳥《はるつげどり》にでも出てきそうな、なかなかうるさい風俗。
ここんところ、ちょっと、お勝手もと不都合とみえて、この暑いのに縞縮緬《しまちりめん》の大縞《おおしま》の継《つぎ》つぎ一まいを着て、それでも平気の平左です。白い二の腕を見せて、手まくらのまま、
「さわるまいぞえ、手を出しゃ痛い――柳生の太刀風をバッサリ受けても、知らないよ」
土間の与吉は、やっこらさとこけ猿の茶壺をかかえて、
「何しろ、大将が大暴れン坊で、小あばれん坊がウントコサ揃っていやすからネ。そいつが、江戸中を手分けして、この与吉様とこの茶壺をさがしてるんだ。ちいとばかり、おっかなくねえことアねえが、峰の殿様も、いそいでいらっしゃる。きっと、与の公のやつ、どうしたかと……」
「じゃ、いそいで行って来な」
「へえ、此壺《こいつ》を妻恋坂へ届けせえすれア、とんでけえってめえります。また当分かくまっておもらい申してえんで」
「あいさ、これは承知だよ」
「こういう危ねえ仕事には、けえって夜より、真っ昼間のほうがいいんです」
「お前がそうしてそれを持ったところは、骨壺を持ってお葬式《とむらい》に出るようだよ。似合うよ」
「ヤ、姐御、そいつあ縁起でもねえなあ」
与吉が閉口して、出て行きますと、あとは急にヒッソリして、おもて通りの駒形を流して行く物売りの声が、のどかに――。
しばらく、天井の雨洩りの
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