る。
 父が死ねば、この広い庭に門弟全部があつまって、遺骸に別れを告げることになっているので、もはや助からないと見越して、庭の手入れに四、五日前から、一団の植木屋がはいっている。そのうちの一人なのだが、この若い男は、妙に萩乃に注意を払って、なにかと用をこしらえては、しじゅうこの部屋のまえを通りかかるので――。

   秘伝《ひでん》銀杏返《いちょうがえ》し


       一

 どうしてこんな奥庭まで、まぎれこんできたのだろう……と、萩乃が、見向きもせずに、眉をひそめているうちに。
 その若い植木屋は、かぶっていた手ぬぐいをとって、半纏《はんてん》の裾をはらいながら、かってに、その萩乃の部屋の縁側に腰かけて、
「エエ、お嬢さま。たばこの火を拝借いたしたいもので、へえ」
 と、スポンと、煙草入れの筒をぬいた。
 水あぶらの撥《ばち》さきが、ぱらっと散って、蒼味の走った面長な顔、職人にしては険《けん》のある、切れ長な眼――人もなげな微笑をふくんだ、美《い》いおとこである。
 なんという面憎《つらにく》い……!
 萩乃は、品位をととのえて振りむきざま、
「火うちなら、勝手へおまわり」
「イヤ、これはどうも、仰せのとおりで」
 と、男は、ニヤリと笑いつつ煙管《きせる》をおさめて、
「じゃ、たばこはあきらめましょう。だがネ、お嬢さん、どうしてもあきらめられないものがあるとしたら、どうでございますね、かなえてくださいますかね」
 と、その鋭い眼じりに、吸いよせるような笑みをふくんで、ジロッと見据えられたときに、萩乃は、われにもなく、ふと胸がどきどきするのを覚えた。
 不知火流大御所のお嬢様と、植木屋の下職……としてでなく、ただの、男とおんなとして。
 なんてきれいなひとだろう、情《じょう》の深そうな――源三郎さまも、こんなお方ならいいけれど。
 などと、心に思った萩乃、じぶんと自分で、不覚にも、ポッと桜いろに染まった。
 でも、源三郎様は、この植木屋とは月とすっぽん、雪と墨《すみ》、くらべものにならない武骨な方に相違ない……。
 オオ、いやなこった! と萩乃は、想像の源三郎の面《おも》ざしと、この男の顔と、どっちも見まいとするように眼をつぶって、
「無礼な無駄口をたたくと、容赦しませぬぞ。ここは、お前たちのくるところではありませぬ。おさがり!」
「へへへへへ、なんかと、その
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