籠をおろした二組の相棒、もう、駕籠へくるっと背中を見せて、しゃがんでいる。
 駕籠は二|梃《ちょう》――早籠《はや》です。
 先なる駕籠の垂れをはぐって、白髪あたまをのぞかせたのは、柳生対馬守の江戸家老、田丸主水正《たまるもんどのしょう》で、あとの駕寵は若党|儀作《ぎさく》だ。
 金魚くじが当たって、来年の日光御用が柳生藩に落ちたことを、飛脚をもって知らせようとしたが、それよりはと、主水正、気に入りの若党ひとりを召しつれて、東海道に早籠《はや》を飛ばし、自分で柳生の里へ注進に馳せ戻るところなので……。
 駕籠から首をつき出した田丸主水正、「おいっ! 早籠《はや》じゃ。御油《ごゆ》までなんぼでまいるっ」
 駅継《えきつ》ぎなのです。
 筆を耳へはさんだ問屋場の帳づけが、
「へえ、二里半四町、六十五|文《もん》!」
「五十|文《もん》に負けろっ!」
 円タクを値切るようなことをいう。
「定《き》めですから、おウ、尾州《びしゅう》に因州《いんしゅう》、土州《としゅう》に信州《しんしゅう》、早籠《はや》二梃だ。いってやんねえ」
 ノッソリ現われたのは、坊主あたまにチャンチャンコを着たのや、股に大きな膏薬を貼ったのやら……。
 エイ! ホウ! トットと最初《はな》から足をそろえて、息杖振って駈け出しました。
 吉田を出ると、ムッと草の香のする夏野原……中の二人は、心得のある据わり方をして、駕籠の天井からたらした息綱につかまってギイギイ躍るのも、もう夢心地――江戸から通しで、疲れきっているので。

       二

 坂へかかって駕籠足がにぶると、主水正は夢中で、胸に掛けたふくろから一つかみの小銭《こぜに》をつかみ出し、それをガチャガチャ振り立てて、
「酒手《さかて》ッ……酒手ッ――!」
 余分に酒手をやるという。じぶんでは叫んでるつもりだが、虫のうめきにしか聞こえない。
 長丁場で、駕籠かきがすこしくたびれてくると、主水正、「ホイ、投げ銭だ……」
 と駕籠の中から、パラパラッと銭を投げる。すると、路傍にボンヤリ腰かけていた駕籠かきや、通行の旅人の中の屈強で好奇《ものずき》なのが、うしろから駕籠かきを押したり、時には、駕籠舁きが息を入れるあいだ、代わってかついで走ったり……こんなことはなかったなどと言いっこなし、とにかく田丸主水正はこうやって、このときの早駕籠《はや》を乗り切
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