手がかすかに動くごとに、行燈の映《うつ》ろいを受けて、鉄斎の顔にちらちら[#「ちらちら」に傍点]と銀鱗が躍る。すこし離れて墨をすっている娘の弥生《やよい》は、何がなしに慄然《ぞっ》として襟《えり》をかきあわせた。
「いつ見ても斬れそうだのう」
ひとりごとのように鉄斎がいう。
「はい」
と答えたつもりだが、弥生の声は口から外へ出なかった。
「年に一度しか取り出すことを許されない刀だが、明日はその日だ――誰が此刀《これ》をさすことやら」
鉄斎というよりも刀が口をきいているようだ。が、ちら[#「ちら」に傍点]と娘を見返った鉄斎の老眼は、父親らしい愛撫と、親らしい揶揄《からかい》の気味とでいつになく優しかった。すると弥生は、なぜか耳の付け根まであかくなって、あわてて墨をする手に力を入れた。うなだれた首筋は抜けるように白い。むっちりと盛りあがった乳房のあたりが、高く低く浪を打っている。
轟《ど》ッ――と一わたり、小夜嵐《さよあらし》が屋棟《むね》を鳴らして過ぎる。
鉄斎は、手にしていた一刀を、錦の袋に包んだ鞘《さや》へスウッ、ピタリと納めて、腕を組んで瞑目《めいもく》した。
膝近く同
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