のあたたかさである。
 凝《こ》りかたまったようなしずけさの底に、盤をへだてた泰軒と忠相――。
「黒白、ふしぎな縁じゃ……としか言いようがない。が、こう二石離れれば?」
 と忠相、もの憂《う》そうに手を出してふたつの石を盤の隅へ隅へ遠ざけてみせると。
 黙ったまま碁笥《ごけ》をとった泰軒は、やにわにそれを荒々しく振り立てた。無数の石の触れ合う音が騒然と部屋に流れる。
「ふうむ」と忠相は瞑目《めいもく》して、「いわば擾乱《じょうらん》、災禍《さいか》――じゃな。して、こうなればどうだ?」
 いいながら忠相は二つの石をピッタリと密着して並べる。
 泰軒はにっこりして静かに碁笥を下に置いた。そして、両手を膝にきちんと正面から忠相を見る。
「まず、こうかな」
「うむ! 鎮定礼和《ちんていらいわ》の相か。そうか。おもしろい」
「が、だ……」と言いかけた泰軒、にわかに上半身を突きだして忠相を見あげながら、「おぬし、どうして知っとる?」
 と! 大岡越前守忠相、快然と肩をゆすって哄笑《こうしょう》した。
「碁《ご》だ! 碁だ! 泰軒、碁のはなし、碁の話」
「ああ、そうだ。碁だったな。碁のこと碁のこと――こりゃと俺がよけいなことをきいたよ。しかしそれにしても……」
「蒲生!」と低い声だが、忠相の調子は冷徹氷のようなひびきに変わっていた。「わしはな、なんでもしっておる。長屋の夫婦喧嘩から老中機密の策動にいたるまで、この奉行の地獄耳に入らんということはない。な、そこで碁といこう。さ、一局参れ」
「うむ」
 と、沈痛にうなずきはしたものの、泰軒は盤面を凝視したまま、いつまでも動かずにいた。
 ふたたび無言の行《ぎょう》――。
 いつものこととはいえ、泰軒はいまさらのように畏友《いゆう》大岡忠相の博知周到《はくちしゅうとう》に驚異と敬服の感をあらたにしておのずから頭のさがるのを禁じ得ないのだった。
 古今東西を通じて判官の職にありし者、挙《あ》げて数うべからずといえども、八代吉宗の信を一身にあつめて、今この江戸南町奉行の重位を占めている忠相にまさる人物才幹はまたとなかったであろう……人を観るには人を要す。これ蒲生泰軒は切実にこう感じて、こころの底からなる恭敬の念にうたれたのだ。その畏怖の情に包まれて、さすがの放胆泰軒居士も、ついぞなく、いま身うごきがとれずにいる不動金縛《ふどうかなしば》り
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