そうだ。黒暗々の奈落《ならく》。
それは、兇状持ちのお藤が、始終お上《かみ》を向うにまわして陽の目を見ていこうとするために、そこへさえ飛びこめば、いつでも捕り手にスカを食わせることができるようにと、以前ひそかに細工をしておいた秘密の隠れ場所であった。いずこかはわからないが、江戸のなかには相違ない、そして誰ひとり知る者もない穴ぐらなのだから、十手に追われる左膳の身には時にとってこのうえもない便宜であった。
闇黒が左膳を包んでいる。
その暗いなかで、おのれを恋する女とのふしぎな生活がつづいて来ていた。
闇黒――ぬば玉《たま》の無明《むみょう》のやみ。
それはやがて剣に理を失った左膳と、恋に我を忘《ぼう》じ果てたお藤とのこころの姿でもあった。
いまは女の保護のもとに生きる左膳、そとの大雪も知らずに、三坪にたりない暗い穴の中をしきりに往ったり来たりしている。
お藤はまだ帰らない。
はじめお藤の懐中《ふところ》鉄砲によって重囲の化物屋敷からのがれ出たとき。
左膳は。
暮れそめた町々をお藤にそのかくれ家へ案内されながら心中で考えていた。
源十郎が頼みにならないうえに、つづみ[#「つづみ」に傍点]の与吉が相馬中村から助剣の勢を求めてくるまで、当分あまんじてこの女にかくまわれていようと。
さすれば御用の者の眼をくらましてこの身は安全。また、乾雲丸を鈴川邸内の物置のかげ、椎《しい》の根方に埋めてあることは誰ひとり知る者もないはずだから、このほうも大丈夫。
こういう気もちから易々諾々《いいだくだく》としてお藤のつれこむにまかせたのが……どこかは知れず、この縁の下のようなせまい穴蔵の底であった。
「ねえ左膳様。ここはあたしのほかだあれ[#「だあれ」に傍点]も知らないところ、いわばあたしの隠れ住居で、いざ[#「いざ」に傍点]という時にはお役人でもなんでもここまでおびき寄せて、ね、ホホホホ、お藤の忍術をごらんに入れるんでございますから、お心おきなくご逗留《とうりゅう》なさいましよ」
こういうお藤の言葉に、左膳はがらになく、
「かたじけない」
とひとこと、改めて身辺を見渡したが、眼に映ったのはあやめ[#「あやめ」に傍点]もわかたぬ闇黒ばかり――暗い地下の一室であった。
低い天井、四囲の壁も床も荒けずりの板で張りつめてあって、かたわらに筵《むしろ》や夜着蒲団の
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