合いさ。これも何かの御縁だろうよ。こう考えて、お前さんをほっといちゃあ今日様《こんにちさま》にすまないのさ、これから力になったりなられたり、なんてわけでね。それでお近づきのしるしに、あたしゃ、ちょいと、ほほほほ、仁義にまかり出たんだよ」
 お艶がかすかに頭をさげると、お藤は、
「これを御覧《ごらん》!」と袂《たもと》からわらじの先を示して、「ね、このとおり生れ故郷の江戸でさえあたしゃ旅にいるんだ。江戸お構え兇状持《きょうじょうも》ち。いつお役人の眼にとまっても、お墓まいりにきのう来ましたって、ほほほほ。こいつをはいて見せるのさ。まあ、あたしはそれでいいけれどお前さんにはかわいい男があったねえ」
 お艶は、海老《えび》のようにあかくなって二つに折れる。
「男ごころとこのごろのお天気、あてにならないものの両大関ってね」
「え!」と、ぼんやりあげたお艶の顔へお藤の眼は鋭かった。
「弥生さまとかって娘さん、あれは今どこにいるかお前知ってるだろう?」
「ええ。なんでも三番町のお旗本土屋多門さま方に引き取られているとかと聞きましたが――」
これだけ言わせれば用はないようなものだが、
「さ。それがとんだ間違いだから大笑い」と真顔を作ったお藤、「お前さん泣いてる時じゃないよ。男なんて何をしてるか知れやしない。他人事《ひとごと》だけれど、あんまりお前って者が踏みつけにされてるからあたしゃ性分《しょうぶん》で腹が立って……さ、しっかりおしよ、いいかえ、弥生さんはお前のいい人と家を持ってるんだとさ」
 ええッ! まあ! と思わずはじけ反《そ》るお艶に、お藤はそばから手を添えて、
「じぶんで乗りこんで、いいたいことを存分《ぞんぶん》に言ってやるがいいのさ。今からあたしが案内してあげよう!」
 一石二鳥。源十郎への復讐にお艶を逃がし、左膳への意趣《いしゅ》返しには弥生のいどころを知ったお藤、ひそかに何事か胸中にたたんで、わななくお艶をいそがせて庭に立ったが、まもなく化物屋敷の裏木戸から、取り乱した服装の女性|嫉妬《しっと》の化身《けしん》が二つ、あたりを見まわしながら無明の夜にのまれ去ると、あとには、立ち樹の枝に風がざわめき渡って、はなれに唄声《うたごえ》がわいた。

 杯盤狼藉《はいばんろうぜき》酒池肉林《しゅちにくりん》――というほどの馳走でもないが、沢庵《たくあん》の輪切りにくさやを肴
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