こも》で簀巻《すまき》にされてふるえているあいだに、竜神とその使女はどこからどこまで家捜しして、あくる朝、家族と店の連中が帰ってきた時には、現金はもちろん金目の物は何一つ残っていなかったという、まことにさっぱり[#「さっぱり」に傍点]したはなし。
 いやはや涼しい真似をしやあがる――なんかと、とかく、よくないことには感心するやつが現れてくる。どうもえらい評判だ。これを聞きこんだのが花川戸の親分と呼ばれていた御用聞きの早耳三次で、
「女白浪《おんなしらなみ》だから、蜒女《あま》あたりが動かねえところだろう。」なんて洒落みたいな見込みをたてた。
 蜒女上りの莫連女《ばくれんもの》が情夫《おとこ》とぐる[#「ぐる」に傍点]で仕組んだ手品にちげえねえ。どこか近所に巣をくっていて、毎日夕方になると白衣の上から水をかぶって出かけて行って、まんま[#「まんま」に傍点]と和泉屋を釣りだし、おやじがついて来たと見たら、しばらく海中に漬って冷たい思いをする。根が蜒女だから平気なわけだ。こうしていいかげん不思議を見せたのち、例の竜神ばなしを持ちかければ、迷信と慾の深い旧弊者《きゅうへいもの》はたいがいひっかかるだろう。そうなれば口一つで囲みを解き、しまりをあけさせゆうゆう無人の境をゆくあざやかさ。なんとも器用なものだ。
 ふてえあま[#「あま」に傍点]だ――というんで、内々三次が嗅ぎ廻っていると、江戸は口が多い。間もなく、江の島で蜒女をしてたことがあるという女を深川の古石場で押えた。侍のほうは逃げてしまったが、女はべつに悪あがきもせずにお繩を頂戴した。黒襟《くろえり》の半纏《はんてん》のまんま、長火鉢のまえから引っ立てられて行った姿は、なに、水の垂れるほどじゃあなかったが、ちょいとした女だったそうだ。



底本:「一人三人全集1[#「1」はローマ数字、1−13−21]時代捕物釘抜藤吉捕物覚書」河出書房新社
   1970(昭和45)年1月15日初版発行
入力:川山隆
校正:松永正敏
2008年5月20日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全4ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング