小屋敷町と町家の裏店を一つにした、忘れられたような地点だったが、空地はかなり広かったから、そのなかの三軒の長屋は、遠くからは、まるで海に浮んだ舟のように見えた。それで豆をちらばしたようだともいうところから、豆店の名が出たのだろうが、住んでいる連中というのがまた法界坊《ほうかいぼう》や、飴売りや、唐傘《からかさ》の骨をけずる浪人や、とにかく一風変った人たちばかりだったので、豆店はいっそう特別な眼で町内から見られていた。
 が、なんといっても変り種の一番は差配の源右衛門であったろう。源右衛門は一番奥の長屋の左の端の家にひとり住いをしていたが、まだ四十を過ぎて間もないのに、ちょっと楽隠居といったかたちだったというのは、源右衛門の本家は、塩町の大通りに間口も相当ある店を出している田中屋という米屋で、源右衛門もつい去年まで、自分が帳場に坐ってすっかり采配を振っていたのだが、早い時にもった息子が、相当の年齢《とし》になっていたので、これに家督《かとく》を譲って自分は持家の長屋の一軒へ、差配として移ったのだった。こうして男盛りを何もしないでぶらぶら[#「ぶらぶら」に傍点]している源右衛門は、豆店の差
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