配といったところで、人は動かずできごとは絶えてなし、何一つこれと取りたてて言う仕事もないので、独り身の気楽ではあり、毎日そこらを喋り歩いては、人から人へ話を伝えて、どうかすると朝から晩まで、銭湯の二階や、髪床の梳場《すきば》にごろごろ[#「ごろごろ」に傍点]していることが多かった。
 その源右衛門がこのごろすこし忙《せわ》しがっているというのは、急に自分の家のとなりにいた浪人者が引越して、長屋に一つ穴があいたためだった。その空《あ》いた家というのは、どうせ棟割長屋のことだから、落ちかかったうすい壁一重で差配を仕切られていて、それに裏がすぐ屋敷の竹藪につづいて陽当りがわるいので、前からよく住みての変る家だった。移って行った浪人はそれでも一年あまりいたが、隣の差配源右衛門が、何かにつけうるさいので、とうとう怒ってあけたようなわけだった。
 そこで源右衛門は、あちこち手をまわして口をかけて、借りたいというものの出てくるのを待っていたが、ただの借家でも家主があまり近いといやがる人が多いのに、となりにやかましやの源右衛門という差配が頑張っているので、おいそれと借り手があらわれなかった。一日空かしておけばそれだけ家が寝るわけだから、源右衛門が気ちがいのように借家人を探していると、ある日の夕方、二十歳《はたち》ばかりのすっきりした美しい女が、六つほどの女の子の手をひいて、源右衛門の格子の前に立った。
 女がその家を見たいというので、源右衛門は世辞たらたらで、表の戸を開けた。なかは六畳に四畳半の住み荒らした部屋で、ちょっと誰でも二の足をふむほどのきたなさだったが、女はろく[#「ろく」に傍点]に見もせずにすぐに借りることにして、その翌朝どこからともなしに、風呂敷包みを二つ三つぶらさげたままで、子供をつれて移って来た。
 あんまり手軽な引越しなので、源右衛門もちょつと不安な気がしたが、女はさっそく隣近所に蕎麦《そば》を配るし、なにしろ美人で愛嬌《あいきょう》がいいので、源右衛門も奇異の感よりはむしろ最初から好意をよせていた。
「源右衛門さん、お隣りへ素晴らしいのが来ましたね。危ねえもんだ。」
 などと近所の人に言われると、源右衛門はいかにも危なそうににやにや[#「にやにや」に傍点]して、いい気に顎をなでたりしていた。
 まず女の正体が長屋じゅうの問題になった。なにしろ二十歳《はたち》そ
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