んだよ。お前さんこそ真物《ほんもの》はちゃあん[#「ちゃあん」に傍点]と隠しておいて独占めしようっていうんだろう。大方そんな量見だろうさ。」
「なにい?」
「おや、白眼《にら》んだね。おかしな顔だからおよしよ。忘れやしまいね、はばかりながらあたしゃ上総《かずさ》のお鉄だ。仕事にぶき[#「ぶき」に傍点]があるもんかね。昨日あの店で平珊瑚を盗んで、買った伽羅油で台の下へ貼りつけといて、出がけに騒がれたからわざ[#「わざ」に傍点]と身柄を見せて威張《いば》ってきたのも、こうやって後から、お前さんに取りに行って貰うためだったのさ。」
「それを俺が、今日行ってみると、なるほど油が強いから貼り着いちゃいたが、珊瑚でなくて――。」
「この碁石かい。」
「お鉄。」
「助さん。」
「ひょっ[#「ひょっ」に傍点]とすると足がついたかもしれねえな。」
「こりゃあこうしちゃいられないよ。」
 この時、がらり[#「がらり」に傍点]表の格子が開いて、早耳三次が土間に立った。
「ええ、亀安から碁石を戴きに参りました。裏表に花川戸早耳三次の身内が詰めております。まずお静かにおられましょう。」
 とずい[#「ずい」に傍点]と上り込んで、
「え、こうっ、手前らあ何だぞ、人殺し兇状だぞ。黙れっ、やかましいやい。やい、お鉄、手前と一しょに店にいた女はな、あの時番頭に異なこと言われて突っ立つ拍子に、帯の上前が台の下に引っかかって、手前の貼った珊瑚が帯の中へ落ち込んだんだ。そのために盗賊の汚名を被ても言開きができず、ゆうべ大川へ身を投げた。いわば手前が殺したようなもんじゃねえか。そればかりじゃねえ、その夫も泣きの涙で死ぬばかりだ。これも手前が手にかけたも同然だ。帯に着いていた固煉《かたね》り油から手繰りだして、俺あすぐと手前たちの手品を見破った。だから台の下へ碁石を貼って、じつあ今朝から網を張って待っていたんだ。鉄に助か、どうだ、おそれいったかっ。」
「お前さんは、どこの誰だい。」
「俺か、俺あ早耳三次だ。」
 と聞いては悪党二人、さすがに諦めがいい。手っ取り早く神妙に観念してしまった。重敲《じゅうたたき》というから百の笞《むち》、その上伝馬町御牢門前から江戸払いに突っ放された。
 文久二年の話である。



底本:「一人三人全集1[#「1」はローマ数字、1−13−21]時代捕物釘抜藤吉捕物覚書」河出書房新社
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