を引き裂き、その布切れで、肩、肘、手首、股のつけ根、膝、足首など、両の手足の関節を伝令二に緊縛してもらって、抜刀を口にくわえ、素早く砦を下りかける。
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伝令一 私が行って来ます。
札木合《ジャムカ》 うむ、勇ましいぞ。だがそち、身体のところどころを縛って行くのは、どうしたわけだ。
伝令一 はっ、血止めであります。こうして行けば、腕や足に矢が当り、または敵と引っ組んで斬られましたところで、血の出るのは、縛ってある布と布との間だけです。全身の血さえ流れ出ねば、どのような働きもできようと思いまして――。
札木合《ジャムカ》 うむ、行けっ!
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伝令一は、城寨を伝わって断崖の下へ下りて行く。後は、飛来する矢いっそう繁く、札木合《ジャムカ》、台察児《タイチャル》をはじめ一同無言のうちに弓を引き絞り、銃眼より射落して必死に戦う。避難民らは叫び声を揚げて逃げ惑う。しばらく物音のみ激しき防戦の場。
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衛兵 (今下りて行った伝令の裸体を担いで、堡塁を上って来る)惜しい勇者でしたが、三の濠へ行き着かぬうちに、たちまち敵の矢を浴びてこの有様です。
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裸かの全身に矢の突き刺さった死体を、札木合《ジャムカ》の前に下ろす。みな暗然として屍骸に見入る。城兵一人、上手の扉より駈け入る。
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城兵 城主様。ただいま、成吉思汗《ジンギスカン》の軍使と称する大男が、ただひとり乗り込んでまいりましたが、いかが取り計らいましょう。
台察児《タイチャル》 (剣の柄《つか》を叩いて気負い)なに、成吉思汗《ジンギスカン》から使いが来た? 兄上、そいつの首を斬り落して、敵中へ投げ込んでやろうではありませんか。
札木合《ジャムカ》 (はっ[#「はっ」に傍点]としたが)まあ、待て! どんな条件を持ち込んで来たのかもしれぬ。よし、会おう。本丸の大広間へ通しておけ。危害を加えてはならぬぞ。
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兵卒は一礼して駈け入る。札木合《ジャムカ》は、台察児《タイチャル》、参謀らを促して、上手の扉より城内へはいろうとする。避難民等、城主の一行に途をひらきながら、一斉に平れ伏して、「おお神様、どうぞ助かりますように。」と必死に祈る。その中の回々《ふいふい》教の伝道師は、ひときわ声高く、「天に在《まし》ますアラアの神よ! どうぞこの、罪なき部落の民を助け給え。」と、狂人のように天を礼拝し、泣くがごとく祈祷する。その陰惨な声々に、札木合《ジャムカ》はつ[#「つ」に傍点]と立ち停まり、振り返って、不安と恐怖に駆られる思入れ――暗転。
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   第一幕 第二場

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同じく城内、本丸の大広間。石で畳みたる荒廃した部屋。舞台正面に大きく露台を取り、断崖の下に、広く砂漠と川、および、夕色に煙る抗愛山脈が遠く望見される。露台の前に、太き石の円柱五六本立つ。その円柱の根に、高さ三尺ほどの石で築きたる囲いをめぐらし、室内より仕切りたる体《てい》。この中仕切りに、前場の望楼にありたると同じ、ただし、もっとずっと大きな札荅蘭《ジャダラン》族の旗、黄色地に白と赤の星月の旗が、壁掛けのごとく懸けてある。
舞台上手寄りに、そこだけ二三段高く、王座あり。かたわらの飾り台の上に、大いなる青銅の香炉《こうろ》ありて、香煙立ち昇る。傍に、唐獅子《からじし》の陶器の香盒《こうごう》を置く。王座のうしろに、丈高き二枚折りの刺繍屏風。札木合《ジャムカ》がその王座に掛け、左右に台察児《タイチャル》、参謀、官人ら居並び、背後に軍卒多勢、抜剣を引っ提げて立つ。
露台より真赤な砂漠の夕陽がさしこみ、室内は明るく、人々の顔は血のごとく映える。上手と下手に、扉《ドア》一つずつ。
幕開くと同時に、下手の入口より、成吉思汗《ジンギスカン》の軍使、近衛隊長|木華里《ムカリ》(六尺余の巨漢、隆々たる筋骨)が、城兵四五人に囲まれ、両手を後ろに縛されて出て来る。
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木華里《ムカリ》 (札木合《ジャムカ》の前に胡座《あぐら》をかき)これは札木合《ジャムカ》王ですか。私は成吉思汗《ジンギスカン》の軍使、木華里《ムカリ》という者です。長の籠城、想像に絶する疲弊困憊《ひへいこんぱい》の有様、お察し申し上げます。
台察児《タイチャル》 (剣を掴んで)皮肉かそれは! 城中の物資いかに欠乏し、たとい石を噛み、土を囓ろうとも、わが札荅蘭《ジャダラン》族の士気は衰えぬぞ。余計な口を叩かずと、軍使なら、
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