は模糊《もこ》として砂漠につづき、果ては遠く連山につながる。その砂漠に、軍兵の天幕の灯、かがり火など、閃々《せんせん》としてはるかに散らばる。降るような星空の下。月はまだ上らない。
舞台上手に、立樹五六本、その一つに、真白な成吉思汗《ジンギスカン》の乗馬を継ぐ。下手にも立樹二三、その前に駱駝《らくだ》一二頭、置き物のごとく坐る。この下手の立樹の間より、軍団の大屯営へ通ずるこころ。正面|成吉思汗《ジンギスカン》の天幕《ユルタ》の外に、竿頭に白馬の尾を結びつけたる旗印を九本立て、その他三角形の小旗、槍、鼓、銅鑼《どら》、楯などを飾る。上手下手、及び中央と、舞台三個処におおいなる篝火を焚く。燃料として、牛糞を乾し固めたる物を、傍らにほどよく積む。この篝火の映《うつ》ろいにて、舞台全面に物凄き明暗交錯する。
おびただしき軍馬のいななき断続して、幕あく。
四天王の三人、長老|哲別《ジェベ》、参謀長|忽必来《クビライ》、箭筒士長|速不台《スブタイ》、及び主馬頭|者勒瑪《ジェルメ》ほか参謀侍衛ら多勢、それぞれ焚火のまわりに陣取り、弓、矢、鎗、長刀、太刀など、思い思いに武器の手入れをしている。傴僂《せむし》の道化者|汪克児《オングル》は、葉のついた木の枝を剣に見立てて、身振りおかしく独りで戯《ふざ》け廻っている。
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汪克児《オングル》 敵にお尻を見せたことのない、成吉思汗《ジンギスカン》様のお馬さま、ちょいとこの汪克児《オングル》様に、お尻を拝ませては下さらぬか。(と抜き足さし足、滑稽な様子で成吉思汗《ジンギスカン》の白馬のうしろに廻り)ても見事な眺めじゃなあ。アラアの神さま、アラアの神様――。
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馬は後脚を上げて汪克児《オングル》を蹴る。
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汪克児《オングル》 (大袈裟に仰天し、引っくり返って)うわあっ! あ痛たたた! 兄弟分の汪克児《オングル》めをお蹴りなさるとは、ちぇいっ、はてさて情ないお心じゃなあ。聞えませぬ、聞えませぬわいのう。(泣き声を装《つく》る)
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一同はどっと笑う。
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哲別《ジェベ》 うるさいっ! 殿はお眠みなの
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