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合爾合《カルカ》姫 この石段をまっすぐ下りて、突き当りの廊下を左へ出れば、城の横手の草原へ抜けられます。そこらは城兵も尠いはず、さ、一刻も早く――。
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木華里《ムカリ》は一礼して走り下りる。合爾合《カルカ》姫は独り頷首いて、おのが居間に通ずる上手の扉へ駈け入る。しばらく舞台空く。油の煮える煙り一度に上がる。群集の悲鳴凄まじく響く。すぐにその同じ上手の戸口から、妃の盛装の上に大きな鹿の皮を被った合爾合《カルカ》姫が、そっと一人忍び出て来る。舞台中央に立ち停まり、ひそかにふところから懐剣を取り出して引き抜き、じっと見入る。
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合爾合《カルカ》姫 (独語)この札荅蘭《ジャダラン》族へ輿入れする時、父の瑣児肝失喇《ソルカンシラ》から渡されたこの守り刀が、こんな役に立とうとは思わなかった。もし成吉思汗《ジンギスカン》が無礼を働いたら、いっそ一思いにこの胸を――。(と自分の胸へ突き刺す仕草《しぐさ》)
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うなずきながら、鹿の皮を頭からかぶり、木華里《ムカリ》の去った下手の石段を駈け下りる。とたんに、露台上手より侍女二人、あわただしく走り出て、
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侍女一 おや! 奥方様はどこに? あら、あの軍使もいない――奥方さま、奥方様!
侍女二 ああ、奥方様のお身に、変り事がなければよいが――。
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二人そそくさと室内を捜し廻る。舞台刻々暗くなり、露台の外、月の出はいよいよ迫る。
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札木合《ジャムカ》の声 (近づいて来る)合爾合《カルカ》、合爾合《カルカ》! 合爾合《カルカ》はおらぬか。(幕)
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第二幕 第一場
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城外。塔米児《タミイル》、斡児桓《オルコン》の両河の合する三角洲に設けられた、成吉思汗《ジンギスカン》の大|天幕《テント》の前。砂漠の広場。前の場と同じ時刻。
正面すこしく上手寄りに、成吉思汗《ジンギスカン》の天幕《ユルタ》、垂れを掛けたる出入口あり。哨兵二名、その左右に立ち、一人はたえずその前を往復して警護す。下手奥は、夜眼にも白き大河、彼岸
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