、唐獅子の香盒を引っ掴み、王座の下の床に叩きつけて微塵に砕く)
台察児《タイチャル》 畜生! こ、この軍使の奴、どうしてくれよう! そうだ。この牛のような首を撥ねて、砦から投げ下ろしてやれ。身体《からだ》は油炒《あぶらい》りにしてやるのだ。おい! 皆来い。中庭へ釜を持ち出して、油を煮る支度をするのだ。
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と軍卒らを促し、露台から上手へ駈け入る。札木合《ジャムカ》付きの参謀四五人と木華里《ムカリ》の看視兵二三を残して兵士一同、および官人ら続いて走り去る。避難民も驚いて、皆あとを追って露台から上手へはいる。
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木華里《ムカリ》 (泰然と)それならば、悪いことは言わぬ。早く油を沸かさぬと、今にも我軍この城中へ押し入って来るぞ、ははははは。あの砂漠の地平に、東の海の真珠のような月が昇るまでに、合爾合《カルカ》姫が城を抜け出ぬ場合には、条件を受け入れぬものと見て、一刻の猶予もなく攻め込む手筈になっているのだ。
札木合《ジャムカ》 (静かに)わしは成吉思汗《ジンギスカン》のために惜しむ。あれほどの豪傑も、恋のためには、市井《しせい》の匹夫のごとき手段をも辞せぬものか。憐れな迷執の虜だ。この合戦は、数年前の恋のたたかいの続きであったのだ。恋に勝って合爾合《カルカ》を得たわしは、この戦いにも勝ち抜くのだ。なんの! 合爾合《カルカ》を成吉思汗《ジンギスカン》の自由にさせてたまるものか。(木華里《ムカリ》へ)飛んで火に入る夏の虫とは、貴様のことだ。地獄の迎えを待て!
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言い捨てて、露台へ出ようとすると、合爾合《カルカ》姫が侍女二三を従えて円柱の陰から現れる。
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合爾合《カルカ》姫 殿――! (泣き崩れる)
札木合《ジャムカ》 (支えて)おお、お前はそこにいたのか。して、今の話を聞いたのか。
合爾合《カルカ》姫 はい。残らず聞きましてございます。憎いのは、あの成吉思汗《ジンギスカン》です。大方あの時、あなた様と、妾を争いましてから、ずっとこの機会を狙っていたのでございましょう。偉い大将に出世したと聞きましたが、やっぱり、昔のがむしゃらな成吉思汗《ジンギスカン》! ああ、妾はいったいどうしたら――。(泣き入る
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