れば、遺憾ながら、暁を待たずに城内へ殺到し、嬰児《あかご》の果てにいたるまで、一人残らず殺して廻るだけだ。札荅蘭《ジャダラン》族を種子切《たねぎ》れにしてやるのだ。
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中仕切りの陰に、避難民の悲鳴、子供を抱きすくめる気配などする。室内は薄暗くなり、正面露台の外の夕空に、星が瞬き、はるか下の成吉思汗《ジンギスカン》軍の天幕《テント》には灯が入り、砂漠一面に点々として明滅する焚火。戦いは一時中止されて、無気味な静寂。
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札木合《ジャムカ》 (黙考の後)出世に焦って、血も涙もない成吉思汗《ジンギスカン》だ。ことには、仔細あって、われに含むところのあるきゃつのことだ。いや、それくらいのことはするであろう。赤児まで敵の片割れとばかり斬り虐《さいな》んで、札荅蘭《ジャダラン》族は一人あまさず、かの砂漠の虎、成吉思汗《ジンギスカン》めの餌食となるのか――。
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避難民達、中仕切りの陰から口々に叫んで、札木合《ジャムカ》に降伏をすすめる。兵士ら叱りつけて制する。
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木華里《ムカリ》 我軍の条件を入れて、即刻開城とあらば、あれなる七つの星の消えぬ先に、すぐさま囲みを解いて、眼ざす乃蛮《ナイマン》国へと進軍を開始するであろう。その場合は、札木合《ジャムカ》一家をはじめ、札荅蘭《ジャダラン》族の一人にも刃を加えませぬ。この儀は、大王|成吉思汗《ジンギスカン》、真白き駱駝《らくだ》にかけて誓います。
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避難民ら歓声を揚げて喜ぶ。この時、札木合《ジャムカ》の妃|合爾合《カルカ》姫が、二三の侍女を従え、そっと出て来て、誰にも気づかれず露台の円柱の陰に隠れ、ひそかに立ち聴いている。
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札木合《ジャムカ》 ううむ、降参すれば城も助かり、罪なき部落の者どもも、これ以上の苦しみから救われ、成吉思汗《ジンギスカン》はそのままこの城を後に、抗愛山脈へ向って進発する――(独語のように)ふうむ、降伏を拒絶すれば、わが札荅蘭《ジャダラン》族は根絶やし――だが、その降伏勧告にも、定めし条件があろう。条件を言え。
木華里《ムカリ》 (膝を進めて)
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