、そのなかの人を包んでなめまわろうとしていた。締めるような熱さが四方から迫ってきた。その中で、雲の板が切り落とすようにおりてきて、舞台を打って大きな音をたてた。
 お駒ちゃんは本能的にとびのいて、楽屋へ逃げ込もうとした。押された見物が、きちがいの群れのように舞台に駈け上がって来ていた。お駒ちゃんは、眼と口を大きくひらいて叫ぼうとしたが、臭い熱い煙がはってきて、声にならなかった。お駒ちゃんは、二つに折れて舞台を走りながら、つぶやいていた。火はもう小屋全体に高くあがっていた。


    投げ入れ文《ぶみ》


      一

「ふんそうか」忠相《ただすけ》が笑うと、切れ長の眼尻《めじり》に、皺が寄るのだ。さざなみのような皺だ。しぼの大きなちりめん皺だ。忠相は、そのちりめん皺を寄せて、庭のほうへ膝を向けた。
「ふん、そうか」
 忠相は、江戸南町奉行大岡越前守忠相だ。外桜田《そとさくらだ》に近い、屋敷である。奥まった書院づくりの一室で、縁に近く、野山の雑草、雑木をそのまま移し植えてあるので、いながらにして深山にある思いがする。忠相の趣味である。
 八刻半《やつはん》の陽ざしは、やっと西へま
前へ 次へ
全552ページ中509ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング