じゅういらいらしている惣七である。
彼は、お高をどう思っているか。おどろいている。むかし、自分の心をとらえて、まだ離さないでいるあの女に、お高があまり似ているのに驚いているのだ。どうかした拍子に、人の顔などははっきり[#「はっきり」に傍点]見えることがある。そういうとき、お高の顔がよく見えると、惣七は、思わずぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]とするくらいだ。それほど似ている。と、惣七は思うのだ。
いまもそう思って、彼は、お高のほうへ眼を見ひらいている。
「きょうは、あちこち手紙を書かねばならぬ。だいぶたまった。ひとつ頼もうか」
「はい」
「まず大阪屋《おおさかや》へ書きましょう」
「はい」
「織り元から、この夏入れた品物の代を請求して来ているのだ。あそこはいつもこうです。毎年このごろに二、三本の催促状を書く。今度は、一本で済むように、すこし手きびしくいってやりましょう」
「はい」
惣七の冷たい声が、しばらく部屋に流れつづけた。巻き紙を走るお高の筆の音が、それを追う。
条理と礼儀をつくしたなかに、ちょいちょいすごさをのぞかせた文句が、お高の達筆によってきれいにまとめられた。
つづいて
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