歴の龍造寺主計は、見ていると面白いほど、相手と場合によって、侍《さむらい》になったり宿屋の亭主になったりして、それがまた、何ら不自然な感じを見せずに、二つの性格を生きているようすだった。
 若松屋惣七が礼をいうと、そのときは龍造寺主計はすぐ武士に立ち返って、
「なあに、おれには何もできはせぬ。これもすべて、江戸の若松屋惣七がいよいよ真剣に乗り出したという評判が立ったからだ。いわばお主は、江戸にいて、この掛川の具足屋を生かしたのじゃ」
 などとあっさり謙遜《けんそん》して、相手を立てた。それからこれは述懐らしく、しんみりいった。
「武道と商道は一致するものだな。どちらも気ひとつである。硬きがごとくして軟《やわら》かく、柔らかきがごとくして固く、つるぎをとる要領で算盤《そろばん》を持つのだ。剣をとるには、濡れ手ぬぐいを絞るようにやんわり持つ。そろばんを手にするにも、このこつが第一だ――ということを、なに、このごろ発見したばかりじゃ。あはっははは」
 とつるりと顔をなでて、もう何をいったか忘れたようにすまし返ったのだが、そのようすをぼんやり網膜へうつして、若松屋惣七は、相変わらずの龍造寺主計であるとにっこりした。
 龍造寺主計の義侠《ぎきょう》で、もとの経営者|東兵衛《とうべえ》の妻女が女中頭に使われていて、挨拶《あいさつ》に出た。東兵衛は、まだ気がふれたままで裏山に掘立て小屋を作って入れてあるとのことだったが、若松屋惣七は、妻女の気もちも察して、見舞う気になれなかった。
 経営の打ち合わせや、帳簿の引きあわせなど、そのために来た用事が、何日もつづいて尽きなかった。二人は、毎日帳場にすわって、話しこんだり、出入りの客に挨拶したりしていた。田舎《いなか》びた鷹揚《おうよう》な、鈍重なその日その日だった。激しい江戸の生活で疲労していた若松屋惣七の神経は、恐ろしいスピイドで恢復《かいふく》しつつあった。
 よく雨が降った。雨雲を仰ぎながら、旅人の一団が前の街道を走り去ると、それを追って、白い驟雨《しゅうう》が刷《は》いて過ぎた。埃《ほこり》をしずめて、街《まち》は銀に光った。かっとまた太陽が照りつけて、けむりのような陽炎《かげろう》がゆらいだ。松のあいだをゆく笠が、それ自体ひとつの生物のように、軽快にうごいて見えた。大名の行列もいくつとなく通った。具足屋に泊まったのも、すくなく
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