押し黙って両国橋を渡って米沢町《よねざわちょう》のほうへ行って、それから新地《しんち》へ曲がった。そこのごたごたした横町をはいったところに、鯉《こい》こくで有名な川半《かわはん》という料理屋があった。三人は、若松屋惣七を先に、そこの二階へ上がって行った。
 若松屋惣七と相良寛十郎は、何ということもなく、それからそれと話しているだけだった。ただ、相良寛十郎は、相良寛十郎と呼ばれることをいやがって、芸名の日本一太郎で呼んでくれといった。
 お高は、食べることもせず、はなしにも口を出さず、このあいだからの気苦労と、進んできたからだのぐあいとで、疲れて見えていた。低い欄干のついている窓の下に、流れるようにつづく雑沓を見おろして、ぼんやりすわっていた。
 そのうちに若松屋惣七も日本一太郎も、話材がなくなって口をつぐんでしまった。
「それではこれで失礼をいたします」日本一太郎は、舞台で口上を述べるときのように、四角張って手を突いて、若松屋惣七と、それから自分の娘のお高のほうへも、等分に慇懃《いんぎん》なおじぎをした。「食べ立ちのようで、心苦しゅうございますが、手まえは、舞台がございますので」
 そういって、さっさとおりて帰ってしまった。若松屋惣七とお高も、しかたがないので、日本一太郎を送って、川半を出た。出てみると、もう日本一太郎は、あとも見ずに、急ぎ足にすたすた小屋のほうへ歩き去っていた。
 若松屋惣七とお高は、途中で駕籠を拾おうということになって、柳原《やなぎはら》の土手を筋違御門《すじちがいごもん》のほうへ歩き出したが、お高は、父が、あまりそっけないので、若松屋惣七に気の毒でならなかった。
 若松屋惣七は、平気だった。生まれのいいことを思わせる、押し出しのきく、立派な老人であると日本一太郎のことを思っていた。ただ何となく飽き足らないところがあるような気がして、それは何であろうかと、若松屋惣七は考えていた。しかし、変わった面白い人物であると好い印象を受けていた。
「よい父御《ててご》じゃが、勝手なことをいわせてくれるなら、ちとどうも信じ難い気がする、あの人の態度に、そういうところが見えるというのだ。わしには、あの人はわからんかもしらんが――なぜ本名をきらっておらるるのだろう?」
「どうかしているのでございますよ。昔のことを思い出したくないのでございましょうよ。わたくしなどと
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