《うち》へ帰ってくると、一空様からの使いが、お高と木場の甚を待ち受けていた。使いの小僧は、一空さまの手紙を持って来ていた。うけ取って、巻き紙を吹き流しにして黙読していた甚が、手紙のうえから、その鋭い眼をお高へ走らせて、
「おどろきなすっちゃいけませんぜ」かわったことをしらせる人の、ゆっくりした口調で、「一空さまからいってきているのです。父御《ててご》の相良寛十郎さんがめっかったというのですよ。やはり、生きていなすった。ここの古石場で死んだ、あの相良寛十郎てえ仁《ひと》は、あれあ、おとっつぁんじゃあなかった――」
三
「わたくしのおとっつぁん――」お高は、金魚のようにあえいで見えた。「わたくしのおとっつぁんの相良寛十郎は、親分さんが始末をしてくだすって、立派に死んでおりますでございます」
「さ、それがです。なるほど、お前さんが父御《ててご》と思いこんで仕えてきた相良さんは死んでいる。が、一空さまのいうのは、おゆうさんの良人の相良さん、お前さんのほんとの父親の相良さんですぜ。証人に出て来た、お前さんの乳母てえ人の話でも、別人なことはわかっているのです。
何でも、ここに書いてあるところじゃあ、おゆうさんが死んだ後、相良さんは大阪でお前さんを養女にやったというのです。そのもらった人が、相良寛十郎になりすまして、実の娘としてお前さんを育てたということですよ」
一空さまが相良寛十郎を発見したのは、あの龍造寺主計の金で洗耳房に建て増しした子供の遊び場であった。
というのは、ときどきここへ子供の好きそうな芸人などを呼んで余興を催すのだが、きのうも、いま両国《りょうごく》に小屋がけしている手品の太夫《たゆう》を招いて学童たちのまえでやってもらったところが、それが、一空さまにもはっきり見覚えのある、おゆうの良人の相良寛十郎だったのだ。日本|一太郎《いちたろう》という芸名で田舎まわりをしている老手品師が、お高の父相良寛十郎のなれの果てであった。
無情を感じたというのだろう。そうでなくても、寛十郎には、性来、放浪癖といったようなものが強かった。おゆうの死後まもなく、まだ赤ん坊であったお高を、旅で会った、どこの何者とも知れない男の手に預けたまま、乞食《こじき》同様の山河の旅にひとり発足したのだった。
そして泊まり合わせた旅の手品師と同行して、いつのまにか手品を習い覚
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