ておるのか」

      四

「いえ。ただいまは、小普請《こぶしん》お坊主だとか聞き及びました」
「小普請坊主か。しからば、無役だな」
「はい。無役でございます」
「女にでも食わせてもらっておるのか」
 いってしまって、これはすこし残酷だったかな、と若松屋は思った。はたして、お高は、顔を伏せた。べつのことをいいだした。
「いただきますお手当てをためておきまして、月づきなしくずしにでも返してゆきたいと思うのでございますが、でも、二百五十両とまとまりますと、女の腕いっぽんでは、大変でございます。お察しくださいませ」
「それは、察せぬこともないが――」
「はい」
「何とかせねばならぬ。なぜきのう、あの手紙を書いたときに、すぐいわなかったのか」
「申し上げられなかったのでございます」
「ふん。そんな柄《がら》でもあるまいが――」
「申し上げようと思って、申し上げられなかったのでございます」
 お高は、眼を閉じた。あふれ出ようとする泪を、押し返そうとしているのだ。が、一粒、澄んだ泪の玉がまぶたの下を破って出て、黒い、長いまつ毛の先に引っかかっている。
「こんなにしていただいていて、そんなこと、とてもお耳に入れられなかったのでございます。それよりも、気が顛倒《てんとう》して、思案がつかなかったのでございます。まさか、こちら様へ取り立てを頼んでまいろうとは、夢にも考えなかったのでございます。それだけに、びっくり致しました。
 磯五は、今までよく親切に、事情《わけ》を聞いて待ってくれましたのでございます。わたくしも、何本となく手紙を書いて、猶予をたのんでやってあるのでございます。でも約束だけで、最初の五両以来、返金することはできなかったのでございます。
 きのうあのお手紙を書きましてから、どんなに苦しみましたことでございましょう。麻布十番の馬場やしきの家《うち》は、まだそのままになっておりまして、わたくしもそこにおりますことになっているものでございますから、とにかく手紙だけはそちらへ届けようか、それとも、いっそ死んでしまおうか――とも思いまして一晩じゅう考えあぐみましたが、思い切って死ぬこともできず、こうやって、いま、何もかも、申し上げておりますのでございます――」
 若松屋は、無言だ。しずかになると、下男の滝蔵が籾《もみ》をひく臼《うす》の音が風のぐあいで、すぐ近くに聞こえて
前へ 次へ
全276ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング