――あなたのお内儀さんが?」
「そうですよ。知らせてくれた人があって、わたしもはじめて知って驚いているんですが――いや、仮にも女房ともあろうものが、そうして生きているくせに、今まで居どころも知らせないなんて、何ぼあんなやつでも、そんな義理知らずなことをしようとは、わたしも思わなかったものですから、てっきり死んだものとばっかり――」
「でもおなくなりなすったという報《しら》せがあったというお話でございましたね」
「それが、まちがいだったんです」
「それがね、ええまあ――」
おせい様は、ふっとすすり泣きでもはじめそうな、動揺した表情になった。磯五は、じぶんの膝のうえにおせい様の手を拾いあげた。むりにつくったおせい様の笑顔が、磯五の顔へ寄ってきた。その耳へ、磯五がささやいていた。油を落としたような、すべりのいい声だ。
「困りました。こんなに困ったことはございません。おせい様よりも、わたしのほうが苦しゅうございます。お察しくださいまし。決して、前から知っていて、あなたに隠していたわけではありませんが、そう思われはしないかと思うと――」
「そんなことは、思いませんよ。ご存じなかったのはあなたの罪ではございませんもの。そのお内儀さんにいろいろひどい眼に合わされて、お気の毒でしたねえ。こんないい方を、そんなに苦しめるなどと、何というわるい女《ひと》でございましょう。その人が生きていらしっても、わたしの思いはちっとも変わりませんよ。変わらないどころかいっそう――」
「おせい様、それを伺って、安心いたしました。あんなやつでも、まだ女房となっている女が生きておるとすれば、わたしは、ご存じのとおり、こんな馬鹿堅いたちですから、今すぐおせい様にきていただくということは、こころもちが許しませんけれど、ねえ、おせい様、今までどおりに――」
「いままでどおりではいやでございますよ。今まで以上でございますよ」
磯五は、ちょっと部屋のそとへ気をくばって、だれもいないことを確かめると、そっとおせい様の肩に手をまわした。おせい様は、小むすめのように身をよじって、その磯五の腕のなかへとけこんで来た。長いことそうしていた。おせい様は、歯をかみ合わせて、懸命に声を飲んでいたが、なみだが磯五の膝へしたたった。磯五は、何かほかのことを考えながら、顔を上げて、障子の桟を読んでいた。
久助が戸締まりを見て歩く音
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