鼻をかみ出した。夢をみたようにぽかんとして、部屋の隅に眼を凝らしているのだ。
泣いている女は、磯五にとって、いちばんあつかいやすいのである。なみだをふいてやって、やさしいことばを耳へ吹きこみさえすれば、こんどはべつの感情で、彼女の胸をふくらませることができるというのである。磯五は、そのとおりに、お駒ちゃんの眼をわざとじゃけんにふいてやって、耳もとでささやいた。
「さあさあ、しっかりしろい。早合点するものじゃあねえよ」
七
「何だ、眼がまっかじゃあないか。可哀そうに」
「可哀そうにもないもんだ。自分が泣かせておいて」
「だから、それが、早合点だというのだ。いま来た、あの女は、おしんといって、新規にやとったお針頭だが、はじめのうち、とんでもねえ人ちがいをしやがって、いや、笑わせもんさ。麻布の馬場やしきだことの、高音とかいうおかみさんだことのと、めりはり[#「めりはり」に傍点]の合わねえことばかりいっていたが、やっとあとでまちがいとわかってな、今度は、平蜘蛛《ひらぐも》のようなあやまりようよ。おめえに見せたら、ふきだすところだったぜ」
「それでは、あの、お前さんに女房があるといったのは、あれは人違いだったのかえ」
「なんの。人ちがいなものか。おれには、立派な女房があるよ」
「あれ、また、どこまでうそで、どこから、ほんとなんだか――」
「なに、うそなもんか。これ、このとおり、ここにお駒ちゃんという、れっきとした女房があらあね」
「そんな見えすいたうれしがらせは、いやだよ。憎らしいねえ」
「うんにゃ。うれしがらせじゃあねえ。おらあほんに女房と思っているのは、お駒ちゃんだけなんだ」
「だけ[#「だけ」に傍点]は心細いね。そんなにほかに、女房と思う女があられて、たまるもんかね」
「こいつあまいった。だからよ、だから機嫌を直して、さっさと支度をしねえな。忘れちゃいけないぜ。今夜はおれとおめえと、おせい様んところに晩めしに招《よ》ばれてるんだ」
「ごまかしっこなしにしようじゃないか。ほんとに、お前さんには、どこかにおかみさんがあるんじゃないかい。あたしゃどうも、そんな気がしてしようがないんだけれど」
「うたぐりぶけえなあ。おいらあ女房なんて、そんなものはありはしねえよ」
「だって、いま来た人が、このあいだ、神田とかで会ったというじゃないか」
「だから、それがどこの馬
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