してまいった」
「それは、不思議なことですね。じつはきょうわたしは、この若松屋を売る手打ちをするつもりでおりましたよ。そのまぎわに、あなたという人が、金をもって助け船にあらわれるとは、まるで、作ったようなはなしでございますねえ」
「何でもいい。ぜひその具足屋へ、半口割りこませてもらいたいのだ。私は、田舎《いなか》が好きだ。掛川は、何度となく通っておるが、いいところです。ひとつ、出かけて行って、自分でやってみたいと思っておる」
若松屋惣七は、まだ半信半疑のていだ。仮に、この龍造寺主計が、いまそれだけの現金を用意して来て、具足屋につぎ込もうとしているのは、たしかな事実であると知っても、若松屋惣七は、とび立つように礼などはいわなかったに相違ない。ふかく知らぬ人間に、また、深く識っている人間に対しても、決して飛び立つように礼などはいわぬ若松屋惣七なのだ。
うれしそうな顔も、しなかった。が、それだけの金がはいれば、それを磯五にたたきつけてやって、おせい様のほうをきれいにすまして、具足屋のほうも、急場をしのぐことができるのである。
若松屋惣七は、願ってもみたことのない転換が、紙一まいのところで降ってきたので、気をおちつけて、しっかり物ごとを見ようとして、内心努力していたのかもしれない。秋の小川のような、刻こく色のかわる影のふかいものが、そうそう[#「そうそう」に傍点]と音をたてて、仮面のような惣七の顔を流れた。
龍造寺主計が、いった。
「承知なさったと、見た」
「具足屋も当分は苦しゅうございますぞ」
「苦しみましょう」
「今までの半金を出していただければ、こちらを済まして、なおあまりある。具足屋も、当座息がつけます」
「わたしは、さっそく掛川へ出向いてみたい」
「それはまた急なことで」
「おせい様と磯五は、いつ金をよこせといってきているのです」
「きょうあすにもという催促が、このところ、だいぶつづきました」
「早いほどよい。後刻、金をお渡し申そう」
若松屋惣七は、ぷすりとして、はじめて礼らしいことを述べた。
「いろいろ御厄介になります」
「何の」
ふたりは黙ったまま、ながいこと顔を合わせて、すわっていた。
若松屋惣七と、龍造寺主計と、二人の友情はこのときから燃え上がったのだ。深海をも、影ふかい谷をも、ふたりで歩き貫《つらぬ》くことになった。ひとりのためには、そこに
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